DRRR
□行動理由‐後‐
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拍手(かしわで)を打つ音が、聞こえる。
この神社に来る人間は、様々だ。
若い女性から、年おいた老女まで様々な世代がこの社の前に来て、願う。
御利益を【悩み事を吐露すれば上手く事が進む】とされているこの神社は、本当に様々な願いが交差する地点。
会社の事。
家族の事。
自分の事。
恋人の事。
共通するのは、【悩んでいる】【行き詰っている】と云う点だけだ。
(会社でリストラにあいそうだ。どうしたら回避できるのだろう…)
(意中の彼に彼女が出来ちゃった…!もう私の方へ振り向いてはくれないのかしら…)
他人(ひと)の為の願いなんて殆どなくて、自分の為の物が、本当に多くて。
「ほんと、これだから人間は面白いよ」
臨也は鳥居の上に腰を掛けながらクツクツと笑った。
今、この社に神はいない。
セルティは昨日から神々の会合でこの社を空けている。
そんなことも知らずに、人は賽銭を放り、ただ、願う。
頭の中に直接流れ込んでくる様々な願いに思考を向けながら、臨也は満足そうに笑んだ。
ゲン担ぎの5円や25円で願う人間もいれば、小銭がないのか、それともただ単にケチっているのか、1円玉一つ、果ては一銭も放らずに願う人間もいる。
そんな人間達が、臨也は面白くて、愚かしくて、愛おしくて、仕方がないのだ。
だから臨也は人を見る、ヒトを、観る。
そうして、彼らの望む終焉へ物語の矛先がほんの僅かに向くように、臨也達は、立ち止り迷い惑う、その背中を押すのだ。
勿論、その結末が、全てうまくいくとは限らない。
時には泥沼にはまり込み、身動きが取れなくなって破滅の結末をたどる人間だって、いる事にはいるのだ。
ただ、【所詮は神頼みだ】と、好転がなければ神など信じない都合のよい頭を持った人間が割合多いこの国では、それがあまり明るみに出ることがなく、ましてや、神やその眷族の後押しによってそのような状態になったなどとは、誰も夢にも思わないだけで。
◆ ◇ ◆
三度、鈴を鳴らす音がする。
賽銭を投げる音は、しなかった。
二度、頭を下げる気配がする。
二度、柏手を打つ音がする。
もう一度、頭を下げて、賽銭を投げ込まなかった、礼儀がなっているのかいないのか分からない参拝者は叫んだ。
(臨也!)
強く、思いの丈を込められて叫ばれたそれは、只の名だ。
いや、只の、と云うのは少し違う。臨也達にとって、名とは存在。呼ばれる事で、存在が確定される大切な物。
しかし、それは矢張り社の前で願うには、おかしな【音】だ。
するりと鳥居から降りたって、臨也は人の姿を模す。
ゆっくりと、その足を進めて、願い主の後ろへと立って見せた。
「何か用?新羅」
「うわ、いきなり後ろに立たないでよ、臨也。神出鬼没とはまさに君の事だよね」
「まぁ、一応神に仕える眷族だからね」
「そう云う意味じゃ…いや、でも語源的には正しい…いや、でも…」
「何ブツブツ言ってるのさ」
呆れたように声を掛けた臨也に、新羅と呼ばれた境内には些か不釣り合いな白衣を身に纏う青年は、漸く言葉を止めて臨也へと向き直る。
そして、にこりと人のよさ気な笑みを浮かべて、告げた。
「いやぁ、昨日一日、臨也が池袋に顔を出さなかったからね。何かあったのかと思って」
「…たかだか一日行かなかった位だろ?」
「何を言っているんだい臨也。君が池袋に顔を出さなかった日何て、一年に数回有るか無いかだよ?しかもその数回の内の半分は何かしら厄介事を抱えているし、友人として、ここは心配して然るべきだろう?」
当然、と言わんばかりの表情で告げられて、思わず臨也は言葉に詰まる。
確かに、彼の言う通り臨也が池袋に顔を出さずに一日を終える事は、滅多にない。
しかも顔を出さない日は厄介な案件を抱えていたとか、珍しくも体調を崩していた等が主な理由で、彼が心配して様子を見に来たとしても、仕方がないとしか言いようがないのだ。
「新羅」
臨也が彼を呼ぶ。
その音に、どんな思いを込めたのか、それを知るのは臨也一人だ。
それでも新羅は緩く笑みを浮かべて臨也を見る。
その表情に、臨也はつられるように口許を緩ませながら、言葉を紡いだ。
「君が思う様な事は起きていないよ。ただ…気付いたかもしれないけど昨日からセルティは社を離れていてね。社を空にしてしまう訳にもいかないから、ここから出ないだけの事さ」
「なるほどね、君は元気そうだったから、僕はてっきり天変地異の前触れかと思ってしまったじゃないか」
語調から、新羅が冗談で言っているのは分かっていた臨也は、同じように軽い調子で言葉を返す。
「ははっ、もしも本当に天変地異が起こるなら、俺の大好きで愛してやまない人間が滅びてしまうじゃないか。そんな中でこの俺が、のんびりと社に閉じこもってる訳ないだろ?」
「違いないね!」
小さく笑いあいながら、二人はしばし、穏やかな談笑に花を咲かせるのであった。
◆◇◆
気付けば、日はすっかりと落ちている。
参拝者もいなくなり、境内の中には新羅と臨也の二人きりとなっていた。
「うわ、もうすっかり秋だねぇ」
「そうだねぇ、秋の日は釣瓶落としとはよく言ったものだよ。ついさっきまで明るかったのに、気付けば真っ暗なんだから」
うんうん、と頷きながら、新羅は「そろそろ帰ろうかな」と言葉を零す。
「そうしなよ」と言葉を返しながら、臨也は人型を模していたその身を、本来の姿へと変化させた。
「そろそろ色んなものが闊歩し始めるからね。早く帰った方が良い」
「そうかい?それじゃぁ、忠告に従ってそろそろ帰るよ」
鳥居まで送るよ、と声を掛けて、臨也は歩き始めた新羅の後ろをついてゆく。
長い長い石段を、ゆっくりと下って行く新羅の息は、若干弾み始めている。
それほど運動が得意ではない新羅が「心配したから」と、この参拝者泣かせの長階段を上って来てくれたのだと思うと、臨也の表情は自然と穏やかな物になった。
「新羅、ここの階段、君には辛いんじゃないかい?」
「そうだねぇ…最初この階段を下から見たときは登りきる事は至極困難かと思ったけれど、何とかなる物だよ」
小さく笑いながら告げる新羅に、臨也は告げる。
「鳥居の内側はもう社の敷地内なんだ。だから、石段の一段目で呼んでくれれば、俺がそっちに行くよ」
「へぇ、だから石段の端の方に小銭が落ちてたりするのかな?」
「あぁ、体の弱い人とか、ご老人とか、登りきれない人はたまにそこで願掛けをしていくよ。だから…ほら」
そう言って、臨也は石段のふもとにある鳥居を指差した。
「入口の鳥居には簡易式の鈴が置いてあるんだ。一応正式な形式をとりたいって言う人もいるからね」
「なるほど。それじゃぁ…私も今度はあそこで君を呼ぼうかな」
「そうすると良いよ。俺がいないときはセルティが対応してくれると思うし」
そんな事を話している内に、いつの間にか二人は入口の鳥居前まで着いたらしい。
臨也はぴたりと足を止めた。
「さて、見送りはここまでだ。寄り道せずに、まっすぐ帰る様にお勧めするよ」
「うん、ありがとう」
「礼を言われる様な事は何もしてないよ……こっちこそ、ありがと、ね。新羅」
「うん?」
首をかしげながら、突然告げられた礼の意味を、新羅は問う。
その様子に、臨也は俯きながらボソボソと聞き取りづらい音量で答えた。
「その……心配してくれて…とか、後……友達…って言ってくれて。う…嬉しかったから…」
「え?」
新羅にとって、臨也の言葉は予想外のものだったのだろう。驚いた様な声をあげて、臨也を見返す。
しかし、臨也の姿はすでにそこにはなかった。
「ふふ、臨也ってば案外照れ屋さんだよね。友達を友達と呼ぶのは当たり前じゃないか。…まぁ、僕としては親友にまで成りたいんだけど」
くすくすと笑みを零しながら新羅は呟く。
鳥居をくぐれば、いつもの喧騒だ。
教えて貰ったばかりの鈴を鳴らして、新羅は鳥居の外で柏を打つ。
頭を下げて、心中で呟いた。
(また、来るからね)
「良いから早く帰れっての」
新羅の声を受け取った臨也が、鳥居の上からそう呟いた事を、新羅は知らない。
◆ ◇ ◆
「新羅?」
「やぁ、静雄」
鳥居に背を向けて歩き出した新羅に、後ろから声が掛る。
振り返れば、仕事の途中なのだろうか、隣に上司を連れた静雄の姿がそこにあった。
「仕事中かい?」
「いや…さっき終わって、これから食事にでも行くかって話になったんだ。それより…お前、今そこの神社から出てきたよな?何か悩んでる事でもあるのか?」
「別に?ここの神社、石段登るのは大変だけど、景色が良くてね。一望無垠の絶景とはまさにあの事だよ」
「たまに景色を見に来たりするのさ」と笑う新羅に、静雄は感心したように声を零した。
「そんなに見晴らしが良いのか」
「まぁね。良い気分転換にはなるよ」
「俺も今度行ってみるか」と呟く静雄に「そうしてみたら?」と新羅は返して、歩みを再開する。
「それじゃぁ、もう大分暗くなってきたし、僕は帰るよ」
「おぅ。…引き止めて悪かったな」
「別に気にしてないさ。それじゃぁ、またね」
軽く手を振って、二人は別れた。
新羅はこの後、この時の会話を悔いる事になるのだが…それはまた、別のお話。
今この時の彼には知る由もない事だ。
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