DRRR
□おはよう
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池袋で俺に似ている様な気がする男(臨也はシズちゃん、と呼んでいたっけ)と臨也が、喧嘩(だろうか。そんな可愛らしい言葉では収まらない様な気もするが。)をしているのを見かけて、池袋に来るのを控えた方が良いと言ったのは、1週間前。
臨也の家を教えて貰って、「逢いたくなったら連絡するから」と、臨也がはにかむように笑ったのも、同じ日。
あれから1週間。
臨也からの連絡は、来ない。
合縁奇縁〜君と始める物語〜
「毎日呼んじゃうかも」と言われて、実は少し期待していた。
「望む所だ」と返した言葉は、社交辞令でも何でもなく、本心からの物だったのだが、臨也は違ったのだろうか。
電話どころか、メールすら来ない。
こんなことならば、池袋に来る事を制限しなければ良かった、と思いつつ、しかしもしも臨也が怪我をしたらと思うと、この選択は間違っていなかったとも思える。
「逢いたい…なぁ」
ポツリと呟いた言葉は、一人きりの俺の部屋で、思いのほか大きく響いた。
そして、同時に理解する。
そうだ。
「俺から逢いに行けばいいのか」
臨也からの連絡が無いのなら、俺から連絡すればよい。
逢いたいなら、逢いに行けばいいのだ。
何時も、臨也はそうしてくれた。
何時までも、臨也からのアクションに甘えていてはいけない。
たまには俺からも、行動を起こさなければ。
羽織を手にとって、外へ出る。
連絡は向かいながら入れれば良い。
携帯電話に目線を落としながら、駅へと歩いた。
カチカチと、人から見れば遅すぎるかもしれない速度でメールを作成する。
…自慢ではないが、俺は携帯のメールが苦手だ。
文章を打ち込むのが思うように進まなくてイライラする。
『送信しました』
何とか打ち込んだ文面を確認して、送信ボタンを押せば、俺が5分ほどかけて打ち込んだ短いメールは、数秒で送信された。
◆ ◇ ◆
「ちょっと、携帯鳴ってるわよ」
「…ん、」
波江さんの声に目を開ける。
聞えてくる音は、なにも設定されてない初期設定そのままの電子音だったから、どうせ不要なメールだろうと思っていた。
今鳴っているのはプライベート用の携帯だ。
番号を登録している人の物は、大体着メロや着うたが設定されている。
差し出された携帯を受け取りながら、画面を開いた俺は、思わず体を跳ね起こした。
「津軽?!」
寝起きのかすれた声は自分でも聞き苦しくて、思わず顔をしかめる。
しかし、そんなことよりも一大事なのは、目の前のメールだ。
送り主は津軽。
着信音が設定されてなかったのは、俺と津軽の連絡手段は主に通話で、メールなど今まで一度も送られた事が無いからだ。
断じて津軽のメールが迷惑メールだと思っている訳ではない。…俺は誰に弁解してるんだろう。
「なみえ、さん」
「何かしら?」
まだ本調子ではないらしい喉を駆使して、喋る。
「いまの仕事、キリがついた、ら。かえって良い、よ。」
「あら?夕飯作れって言わなかったかしら?」
「う…」
言った。
確かに、俺は眠る前に彼女にこう告げている。
『今日は夕飯も作ってよ、一緒に食べよう?』
まぁ、作る事はともかく一緒に食べる事には嫌そうな顔をされたんだけどね。
「ごめん、それはまたのきかいって、事で。」
「まぁ良いわ。分かりました。それじゃぁ、今のが終わったら上がらせて貰うわね?」
「うん」
波江さんの言葉に頷いて、俺はもう一度メール画面を見た。
_ _ _ _ _
From:津軽
Sub:無題
Text:
いまからいってもいいか?
あいたい。
_ _ _ _ _
見事なまでにオール平仮名。
そして端的な用件のみの本文。
あ、やっぱり津軽ってメール苦手なんだ。
そんな事を思って、小さく笑った。
『あいたい』その一言に、嬉しくなる。
俺も、って返したいのは山々、だけど。
_ _ _ _ _
To:津軽
Sub:無題
Text:
ごめん、今日は会えない。
俺も逢いたいんだけどね……
_ _ _ _ _
素早く返信画面を立ち上げて、打ち返したのはこんな文章だった。
文面が多少そっけないのは許してほしい。
俺だっていろいろあるんだよ。
仕事が忙しい訳じゃない。
ただ…ちょっと、ね。
「そうだ…あなた、きちんと薬だけは飲んでおきなさいよ?」
「あぁ…うん。」
現在進行形で風邪ひいちゃったんだよね。
流石にこんな状態で津軽に逢いたい、何て言える訳がない。
逢いたいのは本当にやまやまなんだけどね。
◆ ◇ ◆
逢いたいなら、我慢しなくても良いと思うのは、自分勝手だろうか。
臨也からのメールを見ながら、俺は思う。
逢いたいけど会えない。
用事や厄介事ではないらしい。
臨也は律儀だ。
どうしても会えないのならば、明確であろうがぼかしてであろうが、きちんと説明を添えてくれる。
それから、『逢いたい』とは言わない。
曰く、口に出したらどうしようもなくなるから、らしい。
口にしなければ何とか自分の中で押し込めてしまえる感情も、口にしてしまえばそうはいかないんだそうだ。
俺にはよく、分からない感覚だが。
臨也は時折、おかしな所で遠慮をする節がある。
俺の迷惑になるといけないから、と、緩く笑みを浮かべながら身を引いてしまう。
俺としては、そちらの方が、何となく距離を開けられているようで寂しい、のだが。
その臨也から、『逢いたい』と云う言葉が出た。
それならば、此方が遠慮をしてやる必要はないはずだ。
ゆっくりと返信画面を立ち上げる。
返す言葉は短く一行。
臨也からの着信もメールも受け付けない、と云う様に携帯を閉じて、俺は再び足を進めた。
向かう場所は勿論、先日教えて貰ったばかりの、臨也の家。
◆ ◇ ◆
どう云う、事だろうか。
再び津軽からのメールを伝える着信が鳴って、画面を開いた俺は首をひねる。
吐く息が熱い。
熱が上がってきたのだろうか。
思考も上手く、回らない。
_ _ _ _ _
From:津軽
Sub:無題
Text:
わかった、もうすぐつく。
_ _ _ _ _
俺は確かに、『会えない』ってメールを返したはず、なんだけどなぁ…
送信済みメールで確認しても、間違いなく『会えない』と返事を返している。
津軽は馬鹿ではない。
言葉の意味が分からない、何て、何処かの怪物の様な事はないはずだ。
…いや、シズちゃんの場合は分かってても聞いてなかったりするんだけどさ。
「ちょっと、」
そんな事を考えていたら、波江さんが声をかけてきた。
あぁ、もう仕事に区切りがついたのかな?
相変わらず有能だよね、彼女は。
「もう、おわったのかい?」
「えぇ。…って、貴方大丈夫なの?さっきよりも口が回らなくなってるわよ」
自覚はしている。
たぶん今の俺は、オール平仮名発音だ。
口から音を零す事だけで精いっぱいで、言葉にする気力が出ないんだよね。
「…たぶん、」
「なら良いけど…どうしても駄目そうだったらせめて岸谷先生に連絡くらい入れなさいよね」
「ん、」
波江さんが心配そうな声をかけてくれることも珍しい、俺はそんなにひどく見えるんだろうか。
小さく頷けば、波江さんは「それじゃぁ、帰るわね」と一言告げて出て行った。
「おつ、かれさ、ま」
出て行く彼女に向けて一応音を投げてはみたけれど、果たしてそれが彼女に届いていたかは分からない。
返事を聞くよりも前に、俺は襲ってきた睡魔に身をゆだねていたから、ね。
◆ ◇ ◆
「…あら?」
臨也のマンションのエントランスで、一人の女性と擦れ違う。
彼女は、俺を見て、首をかしげた。
「平和島静雄……ではないわね?あぁ、もしかして貴方が『津軽』かしら?」
彼女の口から零れた俺の名前に、俺は思わず口を開く。
「何で俺の名前…もしかして、臨也の知り合いですか?」
「知り合いと云えば知り合いね。あいつに会いに来たのかしら?」
臨也の秘書をしていると言う、矢霧と名乗った彼女の問いに、俺は素直に頷いた。「はい、」
「メールの返信が…なんだか様子がおかしかったので…」
俺の言葉に、矢霧さんは、無表情に近かった表情を少し緩めて、「あら」と呟く。
「貴方は、察しが良いのね」
どう云う事かと尋ねるよりも先に、矢霧さんはエントランスの解除キーを押して、再び告げた。
「あいつの部屋は知ってるわよね?鍵はこれ。使い終わったら折原に預けるかポストの中に入れておいてちょうだい」
「あ、はい。」
掌に落とされた鍵と矢霧さんを交互に見比べて、俺は頭を下げる。
「有難うございます」
あの後、「誠二に会いに行かなくちゃ」と、楽しげな声をあげて(あんなに楽しそうなのだから、誠二と云う人は彼女の恋人なのかもしれない)去ってゆく矢霧さんを見送って、俺は臨也の部屋へと急いだ。
借りた鍵をまわして、扉を開ける。
踏み入れた部屋は、シン、としていた。
臨也を探して、悪いとは思いつつ家の中を歩き回る。
僅かなもの音が聞こえた部屋の扉を、そっと開いた。
「…なみえ、さん?わすれ、ものでもしたの、かい……?」
どうやら寝室らしいその部屋の奥から、普段からは考えられない位に弱り切った声が聞こえてくる。
「臨也、」
控え目に声をかければ、布団が勢いよく跳ねのけられた。
「つ、つがる?!」
驚くその声すら、覇気を感じられない。
薄暗くて良くは見えないが、顔が赤い様な気がする。
大股でベッドに近づいて、手を伸ばす。
触れた頬は、予想以上に熱かった。
「臨也、寝ておけ」
跳ねのけてしまった布団を再び臨也の体にかけて、起こしている体を軽く押し倒してやる。
熱のせいで力が入らないのだろう、何の抵抗もなく、臨也の体はベッドへと沈んだ。
「なんで、ここに…おれ、あえないって、」
言ったのに、と云う言葉に被さる様に、俺も口を開く。
「逢いたいって、言ってくれたから、な。本当に会えない状態なら、言わないだろう?」
「ハハ、つがるにはかなわない、なぁ」
力無く、緩い笑みを浮かべた臨也の髪を梳きながら俺も笑う。
「取敢えず、ゆっくり眠ると良い。起きるまで、傍にいてやるから。な?」
「ん…」
緩々と意識を落として行く臨也の髪を、俺は梳き続ける。
目を覚ましたら、まず何よりも先に告げよう。
おはよう、 (って、な。)
(数時間後)
「津軽?!って事はやっぱり、夢じゃなかったんだ…」
「あぁ、少しはましになったみたいだな、声が出てる」
「あ、ホントだ、体もちょっと楽になったかも」
「なぁ、臨也。お前はきっと、俺に風邪をうつさない様に、会えないって言ってくれたんだと思う。だけど、俺は風邪をひくほど軟じゃない、生まれてこの方、病気らしい病気はした事が無いんだ」
「健康優良児、だったもんねぇ、そう言えば」
「だから、もっと頼ってくれて構わない。逢いたいなら、逢いたいと言ってくれれば良い。迷惑だなんて思わない、思うはずがないから」
「津軽……(キュン)」
「あぁ、そうだ、津軽」
「ん?」
「俺、吃驚しちゃって言えてなかったよね、多分」
「?」
「おはよう」
「あぁ、おはよう」
End.