DRRR

□かりいざ!
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12月に入り、夜にもなると一気に冷え込むようになってきた、この頃。

どこかで、唐突に声が上がった。

「あ、鍋が食べたい。」


――食卓ノ噺。



不意に、「鍋が食べたいな」と告げたのは、新羅だった。

『鍋?』
「うん、寒くなってくると何となく鍋ものが食べたくなるのは、日本人の心理ってものかもしれないね」

笑いながら告げる新羅に、セルティは戸惑う様にPDAを打ち込んでゆく。

『まぁ…簡単だし、私は構わないけど…お前一人で鍋をつつくのか?寂しくないか?』

彼女は【食】を必要としない。
正確に言えば、【食べる】と云う事が出来ない。

食事の場に【居る】事は出来るが、共に鍋をつつき合い、談笑を交えながら、味の感想を述べ合う様な事は出来ないのだ。
そんな自分と、ほかの料理ならともかく、よりにもよって鍋などを囲んで、果たして楽しいのだろうか。

しかし彼女は、そんな考えは全くの杞憂にすぎないのだと、この後すぐに理解する事となる。

「何を言っているんだいセルティ!そんな事なら心配無用さ!僕は君がいてくれるだけで十分楽しいからね!君が作った鍋を、僕の為に君がよそって、かつ食べさせてくれたりなんかしてくれたらもう最高だよ!寧ろ僕は君を食べたゴファッッッ!!」

興奮する様に頬を紅潮させ、言わなくても良い事まで口にする新羅に、容赦のない拳を鳩尾(みぞおち)に喰らわせながら、セルティはPDAを打ち込んだ。

『お前はもう少し、自重と云う言葉を覚えて身につけてこい!』
『それはそうと、鍋をするなら、せっかくだから誰か呼ばないか?』



◆ ◇ ◆


「すっかり冬だよねー」

晴れ渡る、夕暮れ時の空を見上げながら呟いたのは、狩沢だ。
場所は新宿、臨也のマンションがある大通り。

近所にあるコンビニから、臨也の家へと帰る道すがらの出来事だった。

「そうだね」と、狩沢の言葉に同意を示しながら、臨也は先程買った缶コーヒーを両手で包むように握っている。

「すぐ戻るから良いかと思ったけど、やっぱり手袋くらいはして来るべきだったね、寒い」
「だよねー。ついこの間まではまだまだ暖かかったのに、急に冷え込みだしたもんねぇ」

「でも」と、狩沢は笑った。
左手で持っていた手提げ袋を右手に持ち替えて、空いた手を臨也へ向かって差し出してみせる。

「?」

意図がつかめない、と云った風に小首を傾げる臨也に、狩沢は笑みを深めながら、半ば強引に臨也の右手を取った。

「うわ?!」
「ほら、こうやって、手をつなぐ口実には、ちょうど良いよね?イザイザ」
「な……ッ!」

どうにも、スキンシップを受ける事に慣れていない臨也は、たったそれだけの事で頬を染める。
そうして、何かを確認するかのように視線をあちこちへ彷徨わせた後、諦めたかのように小さく息を吐きながら、告げた。

「…そうかも、ね」
「アハ、照れてるイザイザかわいーっ」
「……可愛いって言うな」

林檎の様に染まった頬を隠すように、俯きながらボソボソと告げる臨也に、狩沢はなおも「可愛いよ」と言葉を掛けている。
そんな狩沢に「だから…!」と、一度は再び訂正を入れようと声をあげた臨也だったが、その口から零れたのは訂正ではなく、どちらかと言えば諦めの言葉だった。

「あぁ、もういいや。それより、狩沢」
「うんうん、諦めも肝心だよ、イザイザ。で、何かな?」
「いや、俺は暖取ってるから良いんだけどさ、狩沢はせっかく買った肉まん、食べなくて良かったのかい?家につくまでに冷めちゃうだろ?」
「あぁ!そうだった!」

「忘れてた」と、笑いながら、狩沢は手提げ袋の中から、肉まんを取り出すと、既に温くなってしまったそれに口をつける。

「冬になるとさぁ、コンビニに寄ったらなんとなく肉まんもついでに頼んじゃうんだよねぇ」

もぐもぐと咀嚼しながら告げる狩沢に、臨也も同意を示した。

「まぁ、冬と言えば、って感じの食べ物だしね」
「だよねぇ。あ、あとゆきんこだいふくとか」
「あー、こたつに入って食べるあれは格別だよね」
「ねー」

いつの間にか、【冬になると食べたいもの】談義に花を咲かせていた二人は、どちらともなく「そう言えば」と、口を開く。

「冬と言えば、やっぱり鍋だよねぇ」
「あぁ、良いね、鍋。あー、なんか想像したら食べたくなってきたよ」
「鍋、食べたいねー、あ、じゃぁじゃぁ!今晩はイザイザの家で一緒に鍋でも囲む?」

「!」

◆ ◇ ◆


「本当に?本当に、俺と一緒に鍋してくれるのかい?狩沢」

キラキラと瞳を輝かせながら、イザイザが私を見つめてくる。
え、何この可愛い生き物。

…抱きしめても良いですか?良い、よねぇ?

「もちろんだよ、イザイザ!そうと決まったらこのままスーパーに買い物に行こうか!」

衝動に任せて、目の前の可愛い嫁を抱きしめる。
何時もなら恥ずかしいからってバタバタ慌てだすのに、今回はよっぽど一緒に鍋しようって言った事が嬉しかったのか、目を白黒させるだけに留めて、暴れるどころか抱き返してくれている。
え、何これ、イザデレ?!ちょ、心臓に悪いよイザイザ。

「狩沢、大好きっっ」
「イ…イザイザ…!!!あぁもう可愛いよぉ!私も愛してるぅ!!」

イザイザが、イザイザが私に極上の笑顔を向けている。
そりゃぁ、普段から私には素の笑顔を見せてくれたりとかしてるけど、ここまで極上の物はいまだかつてなかった。

そりゃぁテンションも上がるよね。空気はキンと冷えてて痛いくらいのはずなのに、頬が熱くなるのは気のせいじゃないはず。
ヤバい…!今なら私、萌え死ねる!!

なんて、暴走した私の思考を止めたのは、イザイザの声とかではなくて、

♪♪♪

自分の携帯の着ボイスだった。

「狩沢、電話鳴ってる」

イザイザが体を離しながら告げてくれる。
そんなの良いからもうちょっと抱き合ってようか、とは流石に言えなくて、私はポケットから携帯を取り出した。

メールだったら無視するんだけどね。電話だし、しかも相手が、

「もしもし、ドタチン?どしたの?」

ドタチンじゃぁ、無視する訳にもいかないよねぇ…
思わず不機嫌そうな声色になるのは許してほしい。

[あぁ、狩沢か?さっき岸谷から連絡があってな、今晩、良ければ岸谷の家で鍋でもやらないか?どうせ臨也も一緒にいるんだろ?]
「鍋?」

私の声に、イザイザがピクリと反応を示す。
その表情は、何ていうか、留守番を任された子供みたいだった。

期待と、使命感と、不安が入り混じった様な、何とも言えない表情。

何でそんな表情を見せるのかが分からなくて、私はドタチンの言葉に相槌を打ちながら、首をかしげた。

[開始は7時30分からだそうだ。来られそうなら、臨也と一緒に来てくれ。…もしかすると静雄も来るかもしれないが…まぁ、喧嘩はしない様に言っておくさ]
「うん、分かった。7時30分だね」

時間の確認をして、通話を切る。
イザイザへと視線を移せば、今度はなぜか決意を固めた様な顔をしていた。

「イザイザ、ドタチンがね、新羅さんの家で鍋するから来ないかって」
「うん、行っておいでよ。準備もあるだろうし、今日はここで解散にするかい?」

「は?」

一瞬、イザイザの言ってる事が、理解できなかった。
どうして、私だけが行く、みたいな流れになっているんだろう。

「私が行くって事は、イザイザも行くんだよ?」
「え、だって…さ、俺は誘われてないから……」

「新羅の愛しいセルティだって、俺が来る事は望まないだろうし」と、呟いたイザイザに、盛大に溜息をつきたくなるのは、仕方がないと思う。

本当に、イザイザはおかしな所で遠慮をするよね。
そこは、呼ばれてもないのに平然と立っているのが【オリハライザヤ】と云う人物像だと思うのだけど。
まぁ、名前や普段の行動から構成されたイメージなんて、事実と異なる事はいくらでもあるんだけどね。

取敢えず、今はそんな事どうでもいい。
勘違いをして、今にも帰ってしまいそうなイザイザの腕を慌てて掴んで、私は口を開いた。

「ドタチンは[臨也も一緒に]って、言ったんだよ?だったらイザイザも一緒に行かないと意味ないよね?ってか、イザイザが行かないなら私も行かないよ?イザイザ置いて一人で参加するより、これからスーパーに行って材料買って、二人で鍋を囲んだ方が何倍も何十倍も楽しいよ!」

私は、イザイザに留守番をしてほしい訳じゃない。


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