DRRR*

□5周年**
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掃除時間の終盤。
早めに終わった教室掃除に、これ幸いとばかりに僕は鞄に手を掛ける。

後ろの席の級友に、「僕これで帰るから、後は先生に上手く言っといておくれよ」と声を掛け、さぁ、臨也のもとへと馳せ参じようと思った、次の瞬間。

ザスッ

うん、例えるならこんな音。
硬くもなく、柔らかくもなく。
鋭すぎず、丸過ぎず。

そんな物が、僕の額に突き刺さった。

比喩表現とかじゃなくて、本当に。刺さったんだよ、額に。

「痛?!!」

思わず声をあげて、額に刺さったソレを見た僕は思わず変な声をあげてしまった。「え」

「何これ…紙?!」

どう見ても紙にしか見えない。
それも、授業のプリントに使う様なわら半紙だ。

それを、凶器に出来る様な人間は、僕の知る限りでは一人しかいない。

「〜〜〜〜ッッ静雄の奴…!!」

多分、焼却場から帰ろうとした僕が見えたんだろうね。
何も物投げなくたっていいと思うけど。

結局、痛みに蹲っている間に担任が帰ってきて、一足先に帰ろうとしていた僕の企みは頓挫した。
なんなんだい、静雄。僕だけで臨也の家には行かせないって事なのかい?
君も一緒に行きたいとか、冗談じゃないよ。

大体ねぇ…君のせいで臨也は俺の事避けるようになったんだからね?!(断言)

君を連れて行ったら臨也がまた何を言うか……

いや、逆に原因の静雄を連れて行った方が勘違いを解くには手っ取り早い、かな?

まあ良いや。
取敢えず、早くホームルーム終わらないかなぁ。

◆ ◇ ◆


新羅が静雄に理不尽な怒りをひっそりと向けている、その頃。

ケホッ

折原家では、小さな音が断続的に響いていた。
音の主は、新羅からの電話を「俺、忙しいんだよね」などと告げながら立ち切った、臨也本人である。

彼は今、自身のベッドの中に居た。

「…ゴホッ」

痰が絡んだような咳を時折零しながら、臨也は寝苦しそうに荒い呼吸を繰り返している。

(朝の電話…新羅変に思わなかったかなぁ…)

熱に浮かされた意識の中で、臨也はぼんやりとそんな事を思う。
告げた言葉に嘘はないが、言い方はいくらでもあったはずなのだ。
それなのに、普段裏から人を操り、物事をひっかきまわす為に巧みに操られる言葉達は、残念ながら風邪に侵された脳ではいくら考えても出てこない。

結果、とっさに出て来た言葉が「会いたくない」だったらしい。

(新羅、俺の事嫌いになっちゃったかな…新羅『には』なんて、言っちゃったし)

臨也はなおも考える。(でも、)

(セルティはうつらないだろうけど、新羅はうつるかもしれないし。風邪引いた、何て言ったら多分家に来ちゃうだろうし…うん、仕方ない…かな)

ゴロリと寝返りを打つ。
熱を吸い、役割を果たせなくなった冷却シートが額から落ちた。

それを目で追い、しかしどうする訳でもなく。
落ちた冷却シートもそのままに、臨也はゆっくりと瞳を閉じた。

◆ ◇ ◆


ホームルーム終了のチャイムが響く。
その瞬間、新羅は学生鞄を引っ掴んだ。

日直の「起立」の合図で立ち上がり、「礼」の合図も、担任に対する挨拶もすっ飛ばして教室から飛び出して行く。

「お、おい?!ちょっと待て岸谷!」

担任の驚いた様な制止の声も、最後まで届く前にドアを閉められ遮断された。
新羅の後ろの席だった生徒が、おずおずと口を開く。

「先生、岸谷君、何か急用があるそうです」

◆ ◇ ◆


岸谷が、普段からは考えられない様なスピードで廊下を走っている。
電光石火という言葉がぴったり当てはまりそうなその勢いに、俺は思わず溜息を吐いた。

取敢えず。

「おい岸谷、廊下は走るものじゃない」
「うわっ?!ちょ、離してよ静雄!」

隣で見ていた静雄に頼んで岸谷を捕獲してもらう。
首根っこを掴まれてジタバタと暴れている岸谷に苦笑いしながら、俺は口を開いた。

「俺たちも一緒に行くからな。臨也の家」

言葉にこそしないが、静雄も頷いている。
なんだかんだで、静雄も臨也の事が心配なのだ。

勿論、俺だって臨也の事は心配だが…今はどちらかと云うと、岸谷が臨也に何かしないか、と云う方が心配だったりする。

だってそうだろう?
朝から岸谷の発言は不安要素が多すぎる。

「えー…」

あからさまに嫌そうな顔を見せた岸谷に、静雄が青筋を浮かべた。

「あ゛?何だよ新羅、俺達がいたら拙い事でもあんのか?」
「何でもないですっ」

即座に首を振った岸谷は、引き攣れた笑みを浮かべて告げる。「大歓迎さ」
本当は、ひとかけらもそんな事思っちゃいないんだろうがな。

ま、同行できる理由が出来るなら、そんな事どうでもいい。そうだろう?


◆ ◇ ◆


三人で帰路につく。
いや…これから臨也の家に向かうんだから帰路っつーのは語弊があるか。

まぁいい…とにかく、俺たち三人は臨也の家へと向かっていた。

「そう言えば」

新羅と共に俺の少し前を歩いていた門田が思いだしたかのように声を上げる。

「臨也の奴、家に居るのか?」

隣の新羅に問う様に告げた言葉に、確かに、と俺も頷いた。
ひょっとすると、家に居ないと云う可能性も、ない訳じゃない。

しかし、新羅ははっきりと肯定した。「うん」

「帰りに寄って良いか、って朝聞いた時『セルティなら』って返って来たからね。家に居ないならそんなこと言わないだろうし」
「まぁ、確かにな」

納得したように頷いている門田を見ながら、今更ながらに俺は思う。
本当に新羅だけを避けてやがんだな、ノミ蟲のやつ。



そんな会話をしている内に、臨也の家についた。

門田がインターフォンへと手を伸ばす―――


ガチャ、


よりも先に、ドアは開いた。

「…岸谷。鍵が開いてたとしても勝手に開けたら駄目だろ」
「何言ってるんだい?京平。合い鍵で開けるんだからチャイム鳴らす必要もないだろう?」

「…何でお前が臨也の家の合い鍵持ってるんだよ。」
「親友だからね!」

にっこりと、普段見せない様ないい笑顔を浮かべて、新羅が告げる。
門田が項垂れた。

多分、その心中は俺と同じだと思う。

((親友とかそういうレベルを超えてるだろそれ…!!))

普通、家の合い鍵なんて持ってないだろうと思うのは、俺だけじゃないはずだ。


◆ ◇ ◆


「おじゃましまーす」

勝手知ったるなんとやら。
新羅は慣れた様子で臨也の家を歩き回っている。

「「お邪魔します…」」

気まずそうに声をあげながら、静雄と京平も後に続く。

「臨也?」

玄関に靴はあった。
ならば、臨也は家に居るはずである。

しかし、リビングには姿が見えなかった。
それなら、と。新羅は次々と部屋のドアを開けて行く。

キッチン、臨也の部屋、お風呂場、トイレ。

しかし、どの部屋にも臨也はいなかった。
もしかして、と思いながら妹達の部屋も覗いてみたが、誰もいない。

「おっかしいなぁ…家にはいるはずなんだけど…」

呟きながら、新羅は足を進める。

「まさか、もう寝てる…なんて事はないよね」

フ、とそう思い立って、新羅は臨也の寝室のドアへと手を掛けた。

◆ ◇ ◆


「っ?!臨也!」

扉を開けて、飛び込んできた光景に目を瞠る。
声をあげたのは、果たして本当に僕だっただろうか。

もしかしたら静雄だったかもしれないし、京平だったかもしれない。
自分が声をあげたかどうかすら記憶に残らない位に、僕は驚愕したのだ。

だってそうだろう?

扉を開けて、飛び込んで来た光景が、ベッドから落ちてグッタリとしている臨也だなんて、心臓に悪いことこの上ない。

慌てて駆け寄って抱き起こす。…熱い。
喘鳴を鳴らし、荒い息を吐く臨也を診ながら、私は理解した。
そして本当に仕方ないなぁと思う。

臨也が私を拒絶した理由。
それは恐らく、この風邪のせいだ。

僕にうつると思ったんだろうね、きっと。

取敢えず、きちんとした治療を施さないと。

「京平」
「何だ?」
「……臨也を、ベッドまで運んでくれないかな」

悔しいけど、目と鼻の先にあるベッドまで、臨也を運ぶ事は、僕の腕力では出来そうにないんだよ。

◆ ◇ ◆


ベッドを整え、京平がゆっくりと臨也の体を横たえる。

いつの間にか部屋を出ていたらしい新羅が、水を張った桶と数枚のタオルを手にして臨也の傍へと腰掛けた。
水に浸し、固く絞ったタオルを額に乗せる。

「……ん、」

冷やりとした感覚を感じたのか、臨也が小さく身じろいだ。

ゆっくりと、その眼が開かれる。

「し……ら…?」

尋ねる様な声色に、新羅は笑った。

「何だい、臨也」
「な…で…会い…くない…て…俺、」

かすれる声で紡がれる言葉に、新羅は優しげな声で告げる。「馬鹿だなあ」

「僕があんな言葉、本気にすると思ったのかい?何か訳があるんだろうな、とは思ったけど、君は本当に馬鹿だよ、臨也。風邪をひいたなら、きちんと言ってくれなきゃ。対症下薬(たいしょうげやく)、又は応病与薬(おうびょうよやく)と言ってね。病状に合わせた薬をきちんと処方すれば、どんな病気だってすぐに治るんだから。君みたいに余計な気遣いして、悪化させちゃったら、僕が元気な君に会える日が遠退いちゃうだろう?」

クスクスと小さく笑みを零しながら、諭すように告げられていく言葉を、臨也はただ、「ごめん」と小さく呟きながら聞いていた。

後ろで事の成り行きを見守っていた静雄と京平が何か言いたそうにしている事には、恐らく臨也が気付く事はないだろう。
新羅は気付いているのだろうが、敢えて何も触れはしない。

彼にとって、二人が言いたい事など、どうでも良い事なのだ。
むしろ、都合が悪いと言っても良い。

静雄と京平は顔を見合わせる。
そして、心中で図らずも同じ言葉を盛大に叫んだ。

((『本気にする訳ない?』散々人を巻き込んでおいてどの口が言うんだこの野郎!))

そして、二人は大きく溜息を吐いた。

End.

(…あ。ドタチン、シズちゃんも…二人とも、来てくれたんだ?)
(あぁ、岸谷から、お前が学校を休んでるって聞いてな)
(…俺も)
(へへ、有難う、ドタチン、シズちゃん)
(ちょっと臨也、僕の時となんだか態度が違くない?)
(だってシズちゃんは風邪引かなさそうだし、ドタチンは自己予防できそうだし…)
(僕は?!)
(……《ひ弱そうって言ったら…怒るかな……》)
(臨也?!)



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