DRRR*

□行動原理‐中‐
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ジロジロと視線が注がれる。
不躾なその視線は、わざわざ振り返ってまで注がれて、不愉快極まりない。

「かわいい」

何処かで、そう囁く女子の声がする。

「本物か?」
「まさか、ぬいぐるみじゃねえ?」

何処か嘲笑を含む様な、青年らしい声が、微かに届いた。

ふぅ、

溜息一つ落として、僕は腕の中で大人しくしている彼に向って、声を掛ける。

「…君、わざとだろう?」
「くゅ?」

腕の中の狐は、何の事か分かりません、といった風に、わざとらしく小首を傾げて鳴いて見せた。
君、さっきまで普通に言葉話してたよね?臨也。

◆ ◇ ◆


「わざとだろう」

もう一度、新羅は問う。
今度は疑問符など付けない。確信を持った強い語調に、臨也は「やれやれ」と軽い様子でかぶりを振った。

「とんだ言いがかりだよ、新羅。成人男性が子狐を抱えて歩く姿を見てひそひそとささめき立つ人間や、見てはいけないんだと必死に意識の外へと追いやろうとしている人間、更には不躾にも本人に聞こえる様な大声で誹謗じみた言葉を投げかける人間を見て、俺が楽しむだなんて、そんな事ある訳ないじゃないか」

黒い子狐はそう言って笑う。
獣の表情など読めないが、常の彼を知っている新羅は、心底楽しそうに意地の悪い笑みを浮かべている臨也の姿を思い浮かべ、強ちその想像が間違っていないだろう事を確信して、本日何度目かになる溜息を吐いた。

「そうだ、君はそう云う奴だったね」
「ふふ、思い出してくれてありがとう。…まぁ、でも。後少しの辛抱さ。少し行けばドタチンの神社…って云うか渡草さんの神社だけど…まぁ、とにかく。神社はすぐそこだからさ」

そう言った臨也に、新羅は分かったよ、と小さく頷いた。

時折、「可愛い!」「触らせて貰っても良いですか?」と、好奇心旺盛な女子高生らしき女の子たちに声を掛けられながら、新羅は足を進める。

声を掛けられる度に、臨也はツンとそっぽを向いて、触られることを拒んでいたため、新羅は苦笑いを零しながら「ごめんね、ちょっと人見知りが激しいんだ」などと、謝らなければならなかった。
「ちょっとくらい触らせてやればいいのに」とこっそり臨也に声をかければ、「やだよ。人間は愛しいけど、女子高生と云うカテゴリの生き物は苦手なんだ。特にああいう騒がしいタイプは無遠慮に触るし、化粧の臭いがつく」とツンとした態度を崩さない。

なるべく声を掛けられない様に、と、サクサク足を進めていた新羅には、恐らく「話し掛けんな」オーラが出ていたのだろう。
それから先、暫くは誰からも声を掛けられる事はなかった。

そう。

「新羅?」

どうやらこの辺りで仕事をしていたらしい、幼馴染に会うまでは。

◆ ◇ ◆


「静雄くん」

僕が、目の前の幼馴染を呼んだ途端、腕の中で臨也の体が大きく跳ねた。
ジタジタと、彼にしては珍しく、みっともない位に暴れて、私の腕から抜け出すと、脱兎のごとく(彼はウサギではなく狐だが)彼は何処かへと走り去ってしまう。

「ちょ、い、臨也?!」

驚いて、慌てて名前を呼びながら後を追おうとした僕の腕をつかんだのは、静雄だ。

「なんだい静雄?僕は急いで臨也を追いかけないと…!」
「臨也って…」

僕の腕をつかむ力が強くなる。
怪訝そうな、訝しむ様な視線を投げかけて来た静雄に、ハッとした僕は慌てて口を開く。

「え…と、そう!臨也の所の狐くんなんだ。預かったのは良いけど、名前聞くの忘れちゃったからね、取敢えず臨也って呼ぶ事にしたのさ」

我ながら、苦しい言い訳をしている、と云う自覚はある。
ほら、やっぱりあんないい訳じゃ静雄も訝しんで――

「そうか……って事は、お前は臨也に会ったんだな?」

信じちゃったよ?!
え、ちょっと静雄、君どんだけ単純なんだい?あんなみえみえで我ながら苦しい言い訳で納得しちゃうの?
いや…うん、まぁ。その方が都合は良いんだけどね。

「新羅?」

思わず数秒思考停止を起こしていた僕に、不思議そうに静雄が顔を覗き込んできた。
あぁ、臨也に会ったか、だったっけ。

「うん……と云っても、家に押しかけて、セルティに言伝頼んで、漸く、だけどね」

苦笑いしながら答えた僕の言葉に、静雄は何か気になる事を見つけたらしい。「あ?」と、表情を歪ませて、

「セルティって…こないだ会った神社の神様だよな……?って事は…やっぱり……」

しまったぁぁぁぁあああ!僕のバカ!何ツルっと口滑らせてるんだよ…!
『セルティ』が神様の名前だなんて、あの辺りの住民だったら知ってる事じゃないか!
……って、ちょっと待った。

「……静雄?『やっぱり、』って、どう云う事だい…?」

聞き捨てならない言葉を拾って、まさかとは思いつつ、僕は問うてみる。
すると、静雄は少し言い辛そうな…それでいてどこか照れた様な…何とも言えない表情を見せながら、ゆっくりと口を開いた。

「あのよ…実は、この間お前と神社の前で有った次の日、色々あってむしゃくしゃした俺は、あの神社に行ったんだ。そしたら…」

そうして、事の顛末を掻い摘んで説明してくれた静雄の話を聞き終えて、俺は気付いた。
気付いてしまった。

 お ま え か !

つまり…なんだ。臨也が池袋から離れて新宿に行くようになったのは、君に拒絶されたらと思うと怖くなったから。
門田君の所まで行くのにわざわざ獣に姿をかえたりするのは、町中でうっかり見つからないように。
そして…君を見て逃げ出したのは、君のその動物的な勘で、自分だと気付かれてしまったら、と云う焦りから。

そう云うことか。

「しぃーずぅーおーくぅーん?」

自分でもびっくりするくらい低い声が出た。

「し、新羅?」

…臨也は、多分門田君の所に行ったんだと思う。
僕は本当なら、臨也を追いかけるべきなんだろうけど、取敢えず、今は後回しだ。
珍しくもうろたえた様子の静雄の腕をがっしりと掴んで、俺はにっこりとほほ笑んで見せる。

「ちょぉっとお話ししようか。ねぇ…?」

笑顔が全て友好を現す物なんだと思ったら、大間違いなんだよ?静雄くん。

◆ ◇ ◆


「あ。…誰か来た」

ポツリと、境内でぼんやりと参拝客を見守っていた渡草が、声を上げる。
その声に、人型を模して参拝客にお守りやおみくじを売っていた狩沢が、ピクリと反応した。

彼女には、渡草の指す『誰か』が誰なのか、恐らく分かっているのだろう。
もしも此処に誰もいなかったのなら、今すぐにでも風のように飛び出して行きそうな程に、そわそわと落ち着かない様子を見せている。

そんな狩沢の様子に気付いた遊馬崎が、苦い笑みを零しながら少し離れた場所で境内の掃除をしていた京平に向かって声を張った。

「門田さーん!臨也さんが来たみたいっすよ?」

その言葉に、京平は箒を動かしていた手を止め、顔を上げる。

「来たか」

そう呟いて、建物に箒を立て掛け―――

「ドタチィィィンン!」
「グファッ…!」

――立て掛けようとはしたのだが、それよりも先に彼の胸へと臨也が飛び込んで来た。
わざとでは無いのだろうが、その勢いの良さのせいか、彼の腕は、綺麗に京平の鳩尾にめり込んでいる。
思わず、京平がうめき声を上げたとしても、仕方のない事だろう。


それからしばらくして、悶絶しかねないほどの痛みからようやく立ち直った京平は、腕の中の臨也の様子が少しおかしい事に気がついた。

「臨也…?」

己の胸に押しつけたまま顔を上げようとしない臨也に小さく声を掛けながら、京平はそっと、その頭へと手を伸ばす。
余程の事があったのだろう。本性を現したままの臨也の、その頭に覗く黒い狐耳に触れて、ゆっくりと撫でる様に掌を往復させれば、先程までとは違う、心地よさそうな様子で、臨也はさらに京平の胸へと顔を埋めた。

「何かあったのか?」

優しく、優しく。出来るだけ刺激しない様に、と注意を払いながら、京平は言葉を紡ぐ。
ふるふるとかぶりを振って、臨也は「もう少しだけ」と、くぐもった声で懇願した。

(僕が君から逃げる、)
行動原理。

(あからさまな拒絶を受ける事が恐ろしいのです。)


End.

(俺は人ではないのに…ね)
(臨也…?)

+ + +

(ドタイザ?ドタイザ?)
(狩沢さんっ!参拝客の前でくらい自重するっすよ!)
(えへへーごめんごめん。にしても、本性のイザイザってひっさしぶりに見たかも)
(確かにそうっすよねぇ…何かあったんでしょうか?)
(あんまり暗い出来事じゃないと良いよねぇ…)
(同感っす)

(すみませーん、おみくじ一回引きたいんですけど…)
(あぁ、はいっす!すみませんねぇ、よそ見しちゃって。はい、どうぞ)

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