DRRR*

□ただいま。
1ページ/2ページ


目覚ましの音で、目を覚ます。

気だるさは抜けた。視界に霞もない。
どうやら、風邪はひとまず収まった様だ、と認識して、目覚まし時計へと手を伸ば―――そうとして、腹部がやたら重たくて身動きが取れない事に気がついた。

「…?」

なんだろう、と思いながら視線をおろし、俺は理解する。
そう言えば、昨日は津軽が家に来たんだった。


合縁奇縁〜君と始める物語〜

「…そのまま、寝ちゃったのかい?津軽」

俺の腹の上に突っ伏す様にして眠っている津軽の髪を梳きながら、小さく呟く。
起きるまで傍にいる、とは確かに言ってくれたけど、そのあとも俺は数回目を覚ましている。
そのあと眠ってから起きるまで、何て言っていたら、何時まで経っても津軽は俺の傍から離れられなくなってしまうと云うのに。

「馬鹿だなぁ」

最初に目を覚ました時に、熱はだいぶ下がっていたのだから、そのまま「大人しく寝てろよ?」なんて告げて帰ってしまえばよかったのに。

津軽曰く、眠っている俺は静かなんだそうだ。
呼吸も静かで、身動き一つしない。
本当にここに存在しているのか、不安になるのだと。

だからって、目を覚ましたら抱きつかれていた時には、思わず心臓が変な跳ね方をしたけどね。

俺が動いても起きる気配を見せない津軽の髪に指を通しながら、俺は小さく笑んだ。

「ありがとう、ね」

それにしても津軽の髪の毛、サラサラで気持ちいなぁ…シズちゃんの髪の毛はもうちょっと痛んでるんだよね。
ブリーチ剤の使い過ぎだよね、あれは絶対。あぁ、何でシズちゃんの髪を触る機会があったのかって云うと、たまにあいつ、俺を持ち上げるから。
抵抗と嫌がらせを兼ねて、思いきりその髪を引っ張ってやるんだよ。

…力いっぱい引っ張っているのに今まで一本も抜けた事がないけどね。
なんだよ、髪の毛まで化け物並みって。それで衝撃でも抑えるって云うの?クッション?クッション材なのかい?シズちゃんの髪の毛は。

…あぁ、そんな事はどうでもいい。なんで津軽の髪触りながらあいつの事なんて思いださなきゃなんないんだ。

そろそろ起きないと、波江さんが出勤する時間になってしまう。
鍵を持っていないはずだから、開けてあげないと。

……チャイムに反応しなかったら連絡も入れずに帰ってしまいそうだしね。

「津軽」

小さく、名前を呼ぶ。せっかく気持ちよさげに眠っているのに、起こすなんて忍びないけれど、

「津軽、起きて」

起きて貰わなければ、身動きが取れないのだから仕方ない。

「ねぇ、起きてってば」

軽くゆすりながら声をかければ、漸く津軽が小さく呻いた。

◆ ◇ ◆


臨也の様子を見ながら、俺はいつの間にか眠っていたらしい。
ゆさゆさと軽く揺さぶられる感覚に、閉じていた目を開く。

「……いざ、や?」

声をかければ、臨也は小さく微笑んだ。
まだ少しかすれの残る、それでも昨日よりは随分とましになった声で、ゆっくりと告げられる言葉。

「おはよう、津軽」

その言葉に、俺もつられるように微笑みながら、同じ言葉を返した。

「あぁ、おはよう。臨也」

ゆるりと笑みを浮かべていた臨也が、突然、フ、とその表情を陰らせる。
「ごめんね」と、申し訳なさそうに告げられても、俺はその意味が分からなかった。

「え?」
「せっかく寝てたのに…起こしちゃって、さ」

あぁ、そう云うことか。
気にしないで良いのに。臨也は本当に優しい。

「気にしなくていい。臨也に起こしてもらえるなら、俺も嬉しい」
「え…ぁ…そ、そう?」

何故か、臨也の顔がじわじわと赤く染まって行く。
まさか、また熱が上がってしまったのだろうか。

心配になって、俺は腕を伸ばした。

◆ ◇ ◆


「うゃ?!?」

何やら、奇妙な声をあげる臨也に、津軽はキョトリと首を傾げた。

「どうした?……あ、もしかして手、冷たかったか?」

慌てた様子で臨也の額に当てていた自分の手を引いて、津軽はすまなさそうに眉を下げる。
そんな津軽に、臨也は慌てて口を開いた。「違うんだ」

「えっと、予想してなかったから吃驚したって言うか…その、べ…別に、嫌だった訳じゃないから!」

その言葉に、津軽はホッとしたように息を吐く。「そうか」

「気に障ったんじゃないなら、良かった」

嬉しそうに浮かべられた笑顔に、臨也もホッとしたように微笑んだ。





来客を告げるチャイムが響く。

「臨也、お客さんじゃないか?」
「あぁ…多分波江さんだよ。今日は彼女、鍵をもっていないからね」

ベッドから体を起こしながら臨也が答えれば、津軽は「そうか」と呟いた。

「昨日、俺に鍵を貸してくれたから入れないんだよな…」
「俺は、そのおかげで津軽に看病してもらえちゃったけど、ね」

茶化す様に笑う臨也に笑みながら、津軽も臨也の後ろについて寝室を後にする。
インターフォンの受話器を持ち上げれば、画面に映るのは予想通りの人物だ。

「やぁ、おはよう、波江さん」
[その様子だと熱は下がったみたいね?仕事があるなら開けて頂戴。無いなら帰るけど]
「勿論あるさ。情報は刻一刻と変化する物だからね。365日、24時間仕事がない時なんてないのさ」
[はいはい、下らない屁理屈は良いからさっさと開けて頂戴]
「ふふ、相変わらず君はシビアだね」

軽い調子で会話を続けながら、臨也はエントランスのロックを解除する。

「部屋の鍵は開けておくから、自由に入ってきてくれれば構わないよ」
[わかったわ]

波江が了解した事を確認して、臨也は受話器を下ろした。

「さてと、それじゃぁ俺は波江さんが来るまでに着替えるとしよう」

呟いて、臨也は再び寝室へと戻って行く。
そんな臨也の後ろ姿を見送りながら、津軽はフム、と、考えるように口許に手をあてる。

「もしも、臨也が着替えるよりも先に矢霧さんが部屋に到着したら、彼女に今臨也は着替えていると説明するべきだろうか…?それならば、俺はまだここに居た方が良いだろう。
…だけど、これから仕事だと言っていたし、俺がこのまま此処にいたら、矢霧さんの気も散ってしまうだろうし、ここはやはり帰った方がいいのではないか…?
でも帰るならやっぱり臨也に一言告げてから帰りたいし…
かと言って着替え中の部屋に『それじゃぁ帰るな』なんてわざわざ言いに行くのも躊躇われるし…」

ポツリ、ポツリと考える津軽は、それが全て口から漏れ出ている事に、気付いているのだろうか。

カチャリ、
静かにドアが開く。
それでも、津軽はいまだ気付かず、自分の考え事を口から零していた。


◆ ◇ ◆


「あら?」小さな、その一言が、漸く彼を思考の海から連れ戻す。

目の前のドアを開けながら声を上げたその人物は、コトリと小さく首を傾げながら、再度口を開いた。

「何してるの?臨也」
「?!」

その言葉に思わず振り向けば、何故か臨也が酷く赤面した様子で蹲っている。

「ど、どうしたんだ臨也。何処か痛いのか?それともまた熱が…」

慌てた様子でオロオロと臨也に掛け寄り、額に触れようと手を伸ばしてくる津軽に「だ、大丈夫だから!」と声を上げながら、臨也はゆっくりと立ち上がった。
まだ目元にほんのりと赤さを残しながら、臨也は照れた様に口を開く。

「た、ただ、帰った方がいいのか、このまま居ても邪魔にならないかって考え込んでる津軽の言葉が…ちょっと恥ずかしかったっていうか…嬉しかったっていうか…」

だんだん尻すぼみになって行く声を聞きながら、津軽は軽く赤面した。
その様子から推するに、まさか、自分の考えていた事が全て筒抜けだったとは思っていなかったのだろう。

そんな二人を見ながら、波江はポツリと呆れた様な声を落とす。

「ねぇ、帰っても良いかしら」

どっかの少女漫画みたいなやり取り見せられても、楽しくないんだけど。

◆ ◇ ◆


目の前で繰り広げられるやり取りに、私は短く溜息を吐く。
頬を染め合う二人の様子は、まるで何処かの少女漫画のワンシーンのようだ。

…ただし、二人とも良い歳した男だけれど。

この二人のやり取りを見ていると、実はこの二人、中高生なのでは?と錯覚してしまう。
それほどまでに、二人の態度が初々しいと言うか、見ていてまどろっこしいと言うか、イライラすると言うか。

「さっさと告って付き合えよ!」と、後ろからヤジが飛んで来ても可笑しくない様に、見えてしまうのだ。

もっとも、あまりかかわりのない私から見ても『お互いに好き合っているのに告白できない意気地なし』の様に見えると言うのに、この二人、相手に抱いている感情が恋慕だとは思ってもいないらしい。
津軽とか言う男の方は分からないけれど、臨也の方は完全に友愛、もしくは飛び越えて家族愛だと思っている様な節がある。

(津軽?うん、好きだよ。だって、とっても大切な幼馴染だからね)

ほぼ毎日のように聞かされる、惚気のようにも取れる津軽の話題にうんざりして、何時だったか私が「貴方、その男の事が好きなのかしら?」と尋ねた際に返って来た言葉には、一切の不純さを感じなかった。

普段あれだけ何か企んでるんじゃないかしら、と懸念されるほどに胡散臭いあの男が、邪気のない純心100パーセントみたいな笑顔でほんのりと笑んだのだ。

(きっと、波江さんも気にいるんじゃないかな?津軽は本当に格好いいんだよ)

キラキラと瞳を輝かせて、まるで自分の事の様に誇らしげに笑う臨也に、私は確か「誠二以外に興味はありません」なんて、そっけなく返したと思ったけれど。

それにしても、

「か、帰っちゃだめです、矢霧さん、お、俺、もう帰りますから!」
「え、津軽帰っちゃうの…?」
「だ、だって臨也、俺が仕事の邪魔になってしまうから、矢霧さんは怒ってるんだろう?」

私の言葉に慌てふためいてわたわたと帰る準備を始めた津軽に、小さく溜息を吐いた。

「別に居た所で、周りで騒ぎ立てさえしなければ怒ったりしないわよ」

息を吐きながら告げた言葉に、パッと明るい顔になったのは、津軽ではなくて。

「ほら、波江さんもこう言ってるし、そんなに急いで帰らなくたって良いんだよ?津軽」

そう言って笑う、臨也だった。

「本当か?」なんて、問うている津軽の表情もまんざらではなくて。
私は思わず、余計な口を挟んでしまうのだ。

「……貴方達、いっそ一緒に住んでしまえば良いんじゃないの?」

…軽いイヤミのつもりで口にした言葉に、まさか二人が名案とでも言うかのように顔を見合わせたのには、流石の私にも予想がつかなかったけれど。

「津軽さえよければ…一緒に暮さないかい?部屋は余ってるし…あ、勿論、津軽が良ければ!だけどね」
「臨也……!お、俺は、臨也さえよければ…その…凄く、嬉しい」
「それじゃぁ決まりだね!」

ポンポンとテンポ良く進んでいく二人の同居話。

それを何となく聞き流しながら、私はぼんやりと思った。


ただいま。(なんて、津軽がこの家に帰ってくる光景も、そう遠い未来ではないわね)

そして、この予想が間違っていない事は、そう遠くない未来に、私自身が証明する事になるのだろう。

End.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ