DRRR*

□九月十五日
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煌々と夜長の闇に浮かぶ月。
広がる一面のススキをぼんやりと照らすその様は、実に幻想的だ。

「ドタチンにピッタリ、って感じがするよね」

楽しげに空気を揺らしながら、臨也は静かに酒を口に運ぶ。

「そうか?」
「うん。古き良き日本の文化は、ドタチンに良く似合う」

口許に穏やかな笑みを浮かべる臨也に、「月ならお前の方が良く似合う」とは云わずに置いた。
どうせ、口にした所で戯言程度にしか聞き入れて貰えないだろう。
「そう云うのは、女性に言ってあげなよ」と、少しずれた答えが返ってくるかもしれない。

だから、俺も静かに杯に酒を注ぐ。

浮かぶ月を飲みほして、里芋の煮っ転がしへと手を伸ばした。

ん、美味い。

◆ ◇ ◆


「腕、上がったな」

煮っ転がしをつつきながら、ドタチンがそう言って笑う。

「そう言って貰えると、頑張って作ったかいがあったよ」

答えた俺も、多分笑顔だ。
自分が作ったものを、美味しいと言って貰えるのは嬉しい。

揺れるススキを眺めながら、俺はフ、と思い立って口を開いた。
特に、前までの会話との関連性はない。

唐突で取りとめのない話題だが、多分、ドタチンなら笑って聞いてくれるだろう。
これがシズちゃんなら…こうは行かないだろうけど。

「ドタチンさぁ…十三夜って、知ってるかい?」

◆ ◇ ◆


臨也に突然振られた話題に、京平は頭の中の引き出しを引っ張り出す。
引き出しの中から、話題に関する記憶を取り出して、おぼろげなソレをなぞる様に、彼は口を開いた。

「あー…確か、旧暦九月十三日の月の事だったか…?」
「あはっ!さすがドタチン、大正解!」

京平の答えに、満足そうに臨也は笑う。
そして、人差し指を立てながら、うたうように言葉を紡いで行く。

「九月十三夜は、八月十五夜に対して『後の月』とも呼ばれる、十五夜と対をなす日なんだ。この二つは合わせて『二夜(ふたよ)の月』と呼ばれていてね。昔は、どちらかだけで月見をするのは『片月見』と呼ばれて縁起が悪い事だったらしい」

耳触りの良い、臨也の声を聞きながら、京平は「そう言えば」と、再び記憶の引き出しを引っ張り出した。

「昔…何かの文献で読んだな。そんな話」

ポツリと、ともすれば独り言とも取られそうな音量で零したその言葉は、しかし臨也にはきちんと届いていたらしい。
「さすがドタチン」と、再び小さく笑いながら告げると、更に言葉を続けた。

「同じ場所で見る事に意味があるらしくて、遠出をしてしまった人は、十三夜も遠出をしたんだとか。昔は今よりもずっとそう云う伝承に敏感で、守るべきだと考えられていたらしいからね。ご苦労な事だよ」

其処まで告げて、臨也は一度言葉を区切る。
立てていた人差し指をおろしながら、彼は京平に向けて問う。「…つまり」

「俺が何を言いたいのか、ドタチンには分かるかな?

◆ ◇ ◆


俺は、試されているのだろうか。

臨也の問いに、つい、そんな事を思った。
何を考えているか、だなんて、俺に分かるはずがない。
お前の考えは何時だって読めなくて、人の思考の裏をかく。

だが。
俺は、期待しても良いのだろうか。
この、今俺の頭をよぎる一つの答えは、果たして正しいのだろうか。

つまり、問いの答え、は。

「……十三夜も、此処で待ち合わせようって事で…良いのか?」

臨也は相変わらず食えない笑みを浮かべている。
表情が読めない。

俺の答えは、正しかったのだろうか。

それとも、そんな期待を抱いてしまってはいけなかったのだろうか。

ぐるぐると回る思考。
期待と後悔、反する感情が入り乱れて、緊張になる。

固唾をのんだ俺に、臨也がニコリと楽しげな笑みを見せた。

「大正解!」

弾んだ声をあげて、臨也は俺の手を攫う。
するりと小指を絡めて、約束の歌を。

「約束、ね?ドタチン」

喜色を含んだその声に頷きながら、俺は笑う。

「誕生日、おめでとう」

緩い笑みを浮かべた臨也が祝辞を述べた。

「おう、サンキューな、臨也」

この言葉と、来月の約束。
それだけで十分なプレゼントだ。

思いがけず、こいつの作った料理も食えた事だしな。

だから、そうだ、小さな事には目を瞑ろう。
今日が十五夜ではない事など、二人とも初めから知っているのだから。

End.

九月十五日。

(臨也、来月は俺が何か持っていこう)
(じゃぁ俺、栗おこわが良いなー)
(分かった。…ついでにおはぎでも作るか)
(やった!ドタチンラブッ)
(ハハ、可愛いな、お前)
(〜〜〜っっ?!!)

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