DRRR*

□行動原理-後-
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平和島静雄が、臨也は嫌いだった。
――否。
正確には、苦手だった。

人を愛してやまない彼は、勿論初めのうちは静雄を嫌おうなどとは露にも思っていなかった。開口一番で「気にくわねぇ」と嫌悪をあらわにされた所で、それすらも彼にとっては愛しい人間の愛しい行動の一つにすぎなかったのだ。

しかし、普通の人間ならば持ち上げることなど出来ない筈の標識やら電柱等をいとも簡単に持ち上げ、振り回しながら追いかけまわされては、流石の臨也も無条件で彼を好きになる事は出来なかった。と云うか、出来る筈がない。

更に、神社から一歩外へでて、【池袋】と云う地に足を付けてしまえば、何処に居ようと、必ずと言っても良いほどに静雄は臨也を探しあてる。
人間離れしたその勘に、臨也は「君は本当に化け物だね!」と誹りながら、心の底から実は本当に人間で無いのでは?などと疑った事もあった。

しかし、何度も言葉を交わすうちに、何度も人が戦争と称する様な喧嘩を繰り広げる内に、臨也は悟った。

(嗚呼、彼はやはり俺が愛すべき人間なのだ)

――と。
ただ、その勘が、野生動物並みに鋭い、と云うだけの話で。

果たして、何を以て彼がそう確信したのか。
今となってはもう定かではないが、それ以来臨也は、今まで通り口では静雄を「化け物」と誹りながらも、それまでの様に心から嫌悪する事は無くなったのであった。


◆ ◇ ◆


「落ち着いたか?」

頭から背にかけてをゆっくりと撫でながら、京平は問う。
その言葉に小さく頷いて、臨也はのろのろと顔をあげた。

普段、臨也はこうして撫でられる事を嫌う。
頭だけ、背中だけならともかく、こうして撫でられるのは、まるで動物みたいじゃないかと、むくれて見せるのだ。

それが無いと云う事は、そうとう参っているのだろうと、京平は心中でこっそりと思う。

後ろで「ドタイザ?ドタイザなの?」と何やら興奮気味に呪文を呟いている狩沢は無視を決め込む事にして、京平は小さく息を吐いた。

「どうしたんだ?何があった」

先程までの刺激しない様に、おびえさせない様に、と云う声色ではない。
答えを求める様に、問う。

その真剣な表情に、臨也は京平の背に回していた腕を解いた。
ゆっくりと体を離して、すぐ隣に座り直す。

そして、ポツリ、ポツリ、と。臨也は言葉を零し始めた。

「いい加減にするっすよぉぉぉお!!」

後ろで、恐らく狩沢に向けて、遊馬崎の怒声が上がっている。

◆ ◇ ◆


その頃、静雄はまだ新羅の説教を受けていた。

「君の軽挙妄動(けいきょもうどう)にはほとほと呆れさせられるよ。君の失態を尻拭いしてくれて?かつ命まで助けてくれた臨也を?そんなつもりはなかったにしろ拒絶する様な態度をとったとか、どれだけ君は恩知らずなんだい?臨也に池袋に来るなって言うんじゃなくてさ、君が臨也を避けてくれればそれで良いと思うんだ。臨也は君に拒絶された事が原因で、本当に池袋には一歩も足を踏み入れてくれなくなったんだよ?神社に行ってもいないし、今日はやっとの思いで会えたのに、君の顔見た途端逃げちゃうし。ほんっと、どうしてくれるのかな、静雄くん?」

まさに立て板に水。取り付く島もない。
かれこれ30分程、つらつらと矢継ぎ早に紡がれる言葉を、静雄は怒り出すことも無く、静かに聞いている。
…と、言うか。怒れないのだ。

彼の言う事は、耳に痛いほどに正論であったから。

「とにかく、今の君がする事は、土下座でも何でもして、誠心誠意臨也に謝る事だよ」

わかったかい?と、きつめの語調で告げられて、静雄は小さく頷いた。

普段「嫌いだ」「消えろ」「池袋に来んじゃねぇ」と暴言を吐く静雄だが、どれもこれも静雄の本音ではないのだ。
彼もまた、本当に臨也が池袋に来なくなった事にダメージを受けている一人である。

「そうと決まったら、さっさと行くよ!静雄」

声をあげて、新羅はガッシリと静雄の腕をつかんだ。

「君のせいで臨也とはぐれて、僕は神社の場所がさっぱり分からないんだから、君が責任持って案内してよね!」

そう告げて、新羅は足を動かし始める。
引っ張られる様にして一歩踏み出し、静雄もまた、目的地で有る神社に向けて歩き始めた。

「この辺りで神社っつったら…あそこしかねぇな」

◆ ◇ ◆


話し終えたイザイザに、ドタチンは静かに「そうか」と呟いた。
ゆっくりと頭を撫でて、それ以上は何も言わない。

こう云う所が、ドタチンの優しい所だと思う。
慰めの言葉も、自分の意見も言わない。
ただ、聞いて、自分のぬくもりを相手に分ける。

多分、今のイザイザには一番効果的だ。

それにしても、と。私は口の中だけで小さく呟く。
話を聞くと、その、【シズちゃん】って言う人は、凄く酷い人の様な気がする。

イザイザが大袈裟に話してるんじゃないか、なんて事は一切思っていない。

彼はセルティさんの眷族で、セルティさんがいない間は彼女の代わりに人の願いを聞く役割を持っている。
聞いた事を正確に話す事が仕事であるイザイザが、いくら自分のこととはいえ、人に伝える時に感情を挟むとは考えにくい。
それは勿論、私だけの考えじゃなくて、ゆまっちも渡草さんも、ドタチンだって同じ考えだ。

だから、隣でゆまっちが「酷い話っすね」とイザイザに聞こえない様に呟いた言葉に、渡草さんだって頷いている。
まぁ、私達はみんなイザイザが大好きだからね、贔屓目がある事は否定しないけど、


暫く、ドタチンに頭を撫でて貰っていたイザイザは、少し落ち着いたらしい。

「ごめんね、ドタチン」

小さく笑って、ドタチンの隣から立ち上がった。
謝る事なんて、何処にもないのにねぇ?

「謝らなくていい。俺が好きでやってる事だ。…むしろ、もっと甘えれば良い」

ドタチンも、同じ気持ちだ。

「…有難う」

また、イザイザが小さく笑う。今度はさっきのとは違う、もっと明るくて、凄く可愛い笑み。眼福ね!

「もう、大丈夫」確りとした声音で告げながら、イザイザは私に向かって歩いてきた。
…って、へ?

「狩沢」
「なに?」

名前を呼ばれて、思わず間の抜けた声で返事を返してしまった。
そんな私に苦く笑って、イザイザは問う。

「ドタチンに、欲しい物が決まったって聞いたんだけど…何が良かったんだい?」
「え、あぁ、それね!」

漸くイザイザが声をかけて来た理由が分かって、私はポン、と手を打った。「うん。あのね」

「イザイザとお揃いの物が欲しいな!」
「…へ?」

今度はイザイザが間の抜けた様な声をあげる。小首を傾げて、確認する様に呟いた。「俺と?」

「うん!」

ニコリと満面の笑みを返してみる。
後ろでゆまっちが「ずるいっすよ狩沢さん!」なんて声をあげていたけど、気にしない。
暫く考え込んでいたイザイザは、「そうだ」と、小さく呟いて、帯に結ばれた大ぶりの鈴の根付を一つ、取り出した。

「家に戻れば予備があるし…こんな物で良ければ」
「有難う!」

まさか数分前まで所持していたモノを貰えるとは思わなくて、思わずテンションが上がった私を、イザイザは穏やかな瞳で見つめている。

うん、いつものイザイザだ。

◆ ◇ ◆


「誰か来た…2人、だな」

渡草が呟く。
参拝客だろうかと、狩沢と遊馬崎は持ち場に戻った。
京平は先程まで地面に落ちていた箒を拾い上げ、臨也は、少し考えた後に人型を取った。

足音が、近づいてくる。

「ハー、ハー、な、んで…神社ってこう…長階段、が、多いっんだ、、、ゼーハー、ろう、ね」

最初に姿を現したのは、新羅だった。

「あ」

短く、臨也が声を上げる。

「そういや、一緒に来るって言ってたな」

京平も、思いだしたかの様に呟いた。

しかし、訪問者は新羅一人ではない。

「相変わらず体力ねぇな、お前」
「煩いな静雄。大体、誰のせいでここまで来る事になったと思ってるのさ。君が余計なことさえしなければ、門田君の神社に行こうなんて思うこともなかったんだからね、僕は」

続いて入って来た人間の声に、臨也の体が強張った。
その反応に、その場の誰もが理解する。

新羅の後ろから入って来た金髪の男。
こいつこそが、臨也の様子をおかしくさせた張本人たる【シズちゃん】である、と。

「ど、どうしよう」

漸く落ち着いていた臨也が、再び情けない声をあげた。
オロオロと辺りを見回して、そうだ、と、本性を現す。

静雄はまだ石段を登り終えたばかりだ。
此方を見ていない。

それなら、本性になれば、静雄からは自分を見つけられない、と臨也はふんだのだ。

「もう大丈夫」とは言ったものの、静雄と対面するのには、まだ心の準備が出来ていない。
そんな臨也の心を汲みとって、京平達は突然本性を現した臨也に驚くことも無く、穏やかに笑った。

新羅が此方へ顔を向ける。

「臨也!」

パ、と明るい表情を向けて駆けて来た新羅に、「置いてってごめん」と小さく返せば、「気にしなくていいよ。全部、静雄が悪いから!」と、満面の笑みが帰って来た。
新羅の後ろを付いていた静雄が、きまり悪そうに視線を泳がせる。

その反応に、「新羅、何に向かって話してるんだ?」とでも言うのかと思っていた面々は、次の瞬間、固まった。

「臨也…その、、、こないだは悪かった。助けてくれたのに、俺…お前の事拒絶するみてぇな態度取っちまって…でも、違うんだ!別に俺は、お前が怖いとか、そう言う事を思ったんじゃなくて…ぼんやりしてる所にいきなり手が出てきて吃驚したっつうか、お前に触れて貰えると思わなくて、思わず照れが出たっつうか…とにかく、俺はお前の事拒絶したりしねえ!だから…なぁ、池袋に顔出してくれよ。…お前の姿が見えねえと…なんつーか、こう…調子が狂う」

最後は確りと、臨也の目を見て告げられた言葉に、臨也は思考が追いつかない。「ちょ、ちょっと待って」

「何だ?」
「『何だ?』じゃないよ!シズちゃん…俺の事、見えてるの?」

会話が成立している時点で確定なのだが、それでも臨也は聞かずには居られなかったらしい。
他の面々(新羅を除く)も、小さく頷いている。

「?当然だろ。その…狐耳?か?…可愛い、よな」

赤面しながら小声で告げられた言葉に、臨也は絶句した。

そして、暫くしてから、脱力したように言葉を返す。

「シズちゃんに可愛いって言われても、嬉しくないよ」

◆ ◇ ◆


ひと段落がついた。
静雄の言葉が嘘ではないと分かった臨也が、漸く静雄とまともに対面できる様になって来て、他の面々もまた、彼に抱いていた悪いイメージを、完全にとはいかないまでも、払拭しつつある。

しかし、どうしても、どうしても納得行かない者も、いる訳で。

「事情は分かった。お前さんが別に臨也の事を拒絶しようとした訳でないことも、臨也を傷つける様な事を思ってるわけでないことも分かった。」

まっすぐに静雄を見据え、京平は淡々と言葉を繋ぐ。「…だけどな」

「臨也を追い詰めたのは許せん。そこになおれ!」

威圧感のある声音で告げられた言葉に、静雄は身を強張らせて姿勢を正す。

――斯くして、京平の静雄に対するお小言は、とっぷりと日が陰るまで続けられたのであった。


(俺がこいつを叱る、)
行動原理。

(つまり、臨也が可愛いからだ。)



(お疲れ、シズちゃん)
(…本当に、悪かった、臨也…)
(ハハ、俺もごめんね、勝手に傷ついて、勝手に怖がって。…ドタチンのお小言、長いんだよねぇ…/遠い目)
(いや…俺も、もっと素直になれば良かったんだ。なるべく追いかけまわさない努力はする。だから、またブクロに顔出せよ)《お前の事が好きなんだ、ってそのうち言えると良いんだが…》

ビクッ(ふぇ、な、何?セルティ)

((どうした?))((どうしたの?))(どうしたんすか?)

(い、いや…今、いきなりセルティの声が飛んで来て…『駄目だ!絶対許さないぞ!』て…何かあったのかな?)
(あー…アハハ、まぁ、言いたくもなるよな)
(?渡草さんまで…)

End.

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