DRRR*

□君ト時渡。
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師が走ると書いて、師走。
この師と云うのは元来お坊さんの事で、お坊さんが走り回る位に忙しい月、って云うのが12月を師走と呼ぶ由来だ。
まぁ、昔と違って、今はどちらかと云うとお坊さんが走り回る姿よりも、エプロンつけた主婦たちが忙しなく走り回っている方が良く見かける気がするけど。

主婦達が忙しなく走り回る理由はまぁ、大凡が年越しの為の準備な訳だけど、主婦に限らず日本人は、なにかとこの時期になると忙しないよね。

会社勤めの人間は、忘年会や飲み会がこの時期ひっきりなしだろうし、そうでなくとも、クリスマスや年越しと、イベントだって盛りだくさん。
池袋にはいつも以上に人が溢れ返ると云う訳だ。

もちろん、人を愛してやまない俺が、そんな素敵スポットに行かない訳がない。

今あるだけの仕事を粗方片付けて、俺はいつものコートを羽織って池袋の街並みへと足を運んだ。

◆ ◇ ◆


「人ラブ!俺は人間が好きだ!愛してる!」

お気に入りの廃ビルの屋上に腰掛けて、眼下を行く愛しい人間達に向けて、高らかに愛を叫ぶ。
勿論、下を通う愛しい人間達に、俺の声は届かない。

……はずだった。

此処は強いビル風が吹き抜ける屋上。
下は人混み。

そんな状況下で、数十メートル上空から吐き出された言葉が届くだなんて、思ってもいなかった。

それなのに。

下を通う大勢の人間の中で、一人だけ。
ただ一人だけ、俺の声に反応するかのように顔をあげた人がいたのだ。

下の様子を、オペラグラス片手に観察していた俺と、視線が勝ちあう。

ただの偶然だろう。
…そう思えないほどに、確りと。

そして、オペラグラスの向こうで、その人は、俺に向けて指を向け。

(イザイザみーっけ!)

確かに、その人の唇は、そう動いたのだった。


◆ ◇ ◆


イザイザこと、折原臨也は、私の嫁である。

異論は認めない。
嫁ったら嫁だ。

で、

その嫁と、年越しついでに弐年参りにでも行こうかと画策していたら、肝心の嫁と連絡が付かない、なんて云う事態に陥った。

電話をしても留守電になっちゃうし、メールしても返事は来ないし。
まぁ、約束してたわけじゃないから仕方ないと言えば仕方ないのだけど、矢張りちょっと私としては残念な訳で。

取敢えず、新年あけて一番に「明けましておめでとう」を言う事を目標にして、外に出る。

多分、カウントダウンイベントとかで浮かれてる池袋の人間達を観察してるんだろうなぁ、なんて。勝手にあたりを付けながら、適当に町中をうろついてみる事にした。



どれくらい、歩いただろうか。

言っても、そんなに時間は経っていない様な気がする。

「人ラブ!」

何処からか、僅かに届いたその台詞に辺りを見回せば、すぐ傍のビルの屋上に、イザイザらしい影。

きっと、イザイザの事だから、観察しやすい様に高い所に居るだろうなぁ、とは思っていたから、一応イザイザが好みそうな所を探していたのは否定しないけど、それにしたって、そんなに時間もかけずに、池袋と云う広い町の中からたった一人を見つけ出すだなんて、やっぱりこれは運命だと思うのよね。

目を凝らせば、オペラグラスから此方をのぞいているイザイザと、目があった。
きっと、声が届くだなんて思ってなかっただろうから、吃驚してるんだろうなぁイザイザ。

幼い頃から(アニメで)鍛え上げられた私の耳を甘く見ないでよね。なぁんて。

そんな事を考えながら、私は偶然だと目をそらされないうちに、イザイザに向けて指を差し向けながら、唇だけで告げた。

(イザイザみーっけ!)

うん。驚くイザイザも可愛いよねぇ。

◆ ◇ ◆


「イザイザみーっけ!」

明るい声が、屋上全体に響いて転がった。

「狩沢…」

驚いた様な声をあげる臨也に、狩沢は若干むくれた様な声をあげる。

「イザイザぁ、イザイザが人ラブなのは分かりきった事だから、人間観察するな、とは言わないけどさぁ、せめて携帯くらい繋がる様にしておいてよぅ」
「え?携帯?」

その言葉に、不思議そうに首を傾げながら、コートのポケットをあさっていた臨也は、暫くすると、「あ」と短い声をあげた。

「ごめん…仕事用の携帯だけ持って、プライベート用の携帯、家に忘れてきてた…」

申し訳なさそうに眉を下げる臨也に、狩沢は軽く笑って「そうだろうな、とは思ったけどね」と言葉を返す。

「それで、どうしたんだい?狩沢。わざわざ探してくれてたって事は、用事があったんだろう?」

コトリと首を傾げた臨也は、狩沢が自分と共に年越しをしたい、等と考えているとは思ってもいない様だった。

「うん?まぁ、用事と云えば用事だけど…」

そんな臨也に苦笑いをしながら、自分の意思を告げようとした狩沢の言葉を遮る様に、池袋の町並みを掛け抜ける、音。

除夜の鐘だ。

鐘の音をBGMにしながら、狩沢は言葉を続ける。

「ただ単に、イザイザに一番に『明けましておめでとう』って言いたかっただけなんだけどね」
「へ?」
「あわよくば年越しも一緒に…と思ってたんだけど、叶っちゃったや」

楽しそうに笑う狩沢に、臨也は間の抜けたポカンとした表情で固まっていた。
どうやら、彼のその優秀な脳に、今の言葉がなかなか伝わって行かないらしい。

やがて、ゆっくりと言葉の意味を理解し始めた臨也は、じわじわとその顔を赤く染めて行った。

「赤面イザイザ可愛いなぁ♪年の終わりにイザイザのそんな可愛い表情見られるとか幸せね!」

ニコニコと至極嬉しそうな笑みを浮かべる狩沢は、108回目の鐘の音がなるのと同時に、臨也へと飛びつき、告げる。

「明けましておめでとう、イザイザ!新年明けて最初に見るのがイザイザだなんて幸先良すぎるスタートよね!今年もよろしく、私の可愛いお嫁様♪」

突然飛びついて来た狩沢に軽くよろけながらも、何とか体勢を立て直した臨也も、緩やかな笑みを浮かべながら、こう返した。

「明けましておめでとう、狩沢。こちらこそ、今年もよろしくね、旦那さま?」

臨也の答えに、感極まった狩沢が「イザイザ萌え〜〜〜っっ!!」と叫び出すまで、後10秒。
その拍子に狩沢が臨也に全体重を掛けるまで、後13秒。
突然の事に驚き、臨也が大勢を崩すまで、あと15秒。

支えをなくし、二人して床に倒れ込むまで、あと18秒。

強かにぶつけた頭をさすりながら、臨也が涙目になるまであと22秒。

二人が顔を見合わせ、そのままの体勢で笑いだすまで、あと―――


君ト
(キミとトシコシ)


つまりは、年が明けてもいつも通りの二人なのだ。

End.
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