DRRR*
□ゲームで臨也君があまりにも(略)
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誰かに頼らなくても生きていけるはずだった。
現に、波江さんを雇う前は何もかも自分でこなしていたし、彼女を雇ってからも、必要な事のほとんどは自分で手掛けていた。
それなのに、何故だろう。
趣味だったはずの人間観察すら、味気なく感じてしまう。
外に出て、一時間もしないうちに戻ってくる。
深く椅子に腰掛けて、目の前の資料を捲る手すら、疎かだ。
こんなに俺は、仕事の出来ない人間だっただろうか。
今までと変わった事なんて、一つだけなのに。
紅茶を飲もうと席を立つ。
以前の家よりも小さなキッチンには、相も変わらず様々な種類の紅茶葉が並んでいるけれど。
どうしても手を付けられずに、封も切られていない紅茶葉が一つ。
あの日、彼女に入れたあの紅茶だけは、どうしてか口を付ける気になれなかった。
一般的な茶葉よりも少し苦みが強いけど、香りが豊かで好きな茶葉の一つだったんだけど、ね。
仕事の効率が落ちて、夜遅くまで起きている事が多くなった。
情報は生ものだ。
素早く扱わなければ、意味がない。
処理速度が落ちたなら、その分処理時間を伸ばさなければ間に合わない。
伸ばしても間に合わないものだって有るのだけど、それでも出来る限り形はまとめておきたいものだ。
そんな事もあってか、最近疲れが取れない様な気がする。
ベッドに横になっても、眠気がやって来ないこともしばしばだ。
不眠になる事は昔からよくあって、そんな時には新羅に薬をもらっていたけれど、今はそう云う訳にもいかない。
だからと言って、睡眠薬に慣れ過ぎた俺の体は、市販のものじゃ効きやしなかった。
もっと強いものを、なんて思ってみても、病院で処方してもらおうなんてしたら足がつくかもしれない。裏ルートの物なんて、恐ろしくて口を付ける気にもなれないね。
◆ ◇ ◆
そんな日が、半年ほど続いただろうか。
いつも通りの寝不足の頭で、窓辺から人間を見下ろしていた俺は、見慣れた何かが視界を掠めた様な気がした。
「…へ?」
俺は、どうやら疲れているらしい。
どうせ見るなら、池袋の化け物なんかじゃなくて、彼女の姿を見せてくれればいいのに。
幻覚のくせに俺の望まないものを見せるだなんて、自分の脳ながら意地悪だ。
そんな事を考えていたら、奴の周りの人間が悲鳴を上げた、様に見えた。
流石に高層マンション最上階の防音設備もしっかりしたこの部屋から、その悲鳴を聞く事は出来なかったけれど。開けられた口と、怯えた様な目線、それから。
不自然に動く、道路標識。
どうやら、幻覚では無く現実だったらしい。
どうしてあの化け物がここにいるんだろう。わざわざ追いかけてこなくたって、俺はもう池袋にも新宿にも、戻るつもりはなかったのに。
奴の口が動く。何を言ってるか、何て考えるまでもない。
いつもの通り、怒気の籠った声で、俺を呼んでいるだけ。応えるつもりは、無いけれど。
インターフォンが来客を告げる。
誰だろう、何て考えながら、窓の下で暴れている(と云っても被害は標識だけみたいだけど)奴から目をそらしてインターフォンの受話器を取った。
「はい」
(あ、折原さんのお宅ですか?)
「そうですが」
(郵便局のものですが、書留が届いてますので、サインお願いできますか?)
その言葉に承諾の答えを返して、エントランスの鍵を開ける。
数分の後に、今度は玄関先のインターフォンが鳴らされた。
印鑑を持って、席を立つ。
エントランスでの受け答えからして郵便局の人だろうと思ったから、俺は深く考えずにドアを開けた。
ら。
「よぉ、臨也」
「ドタ…チン…?」
何故かそこにいたのはドタチンで。
声は呆れている様にも、怒っている様にもとれた。
「引っ越すなら一言連絡くらいよこせよ。いきなり居なくなるから驚いただろ?」
「何で…」
何で彼はここにいるんだろう。
怒っているのは分かる。運び屋にスーツケースをドタチンまで届けて貰うように頼んだのだから、その中身について怒っているんだろうって事は容易に想像がつく。
それでも、俺をまるで探していたかのような口ぶりは理解できない。
一言文句を言いたかった?
そんな事の為に、わざわざ探すだろうか。俺は顔も見たくないと思われる様な事をしたのに。
他人(ひと)の考える事は、本当に分からない。
これだから人間は面白くて、愛しいんだ。
現実逃避にも近い事を考えていると、再度インターフォンが来客を告げる。
そう言えば、郵便物はどうしたんだろう。
思考の波に邪魔されてドタチンと見つめ合った動けない俺を急かす様に、チャイムは何度も俺を呼んだ。
「どうした?臨也。早く開けてやらないと、そのうち強行突破してくるぞ」
その言葉に、ハッとして彼に背を向ける。
受話器を持ち上げながら、ふと浮かぶ疑問。
今ドタチンは【開けてやれ】と言った。
まるで、ドアの向こうにいる人物を、知っているかのように。
ハッと、相手の予想がついたころには遅かった。
(あ、やっと出た!イザイザここあーけーてー!!)
(狩沢さん落ち着くっすよ!そんなに強く叩いたら壊れますって!)
(ゆまっち煩い!嫁に半年もほったらかしにされて黙ってられる訳ないでしょ!あぁもうイザイザ!はやく開けないと此処ぶち壊すよ?!)
何かを叩く音と、困った様な遊馬崎の声。
そして、明らかに怒気を含んだ狩沢の、叫び。
気付けば俺は、通話を切って座り込んでいた。
「開けてやらないのか?」
いつの間に入って来たんだろう。
ドタチンが部屋の入り口から腕を組んで此方を見ている。
「でも……だって…」
口から零れるのは意味をなさない言い訳ばかり。
開けられる訳なんてない。
俺は会いたくなんてない。
だって、会ってしまったら絶対に後悔する。
いっそ嫌われてしまえとした事だけど、面と向かって拒絶の言葉を吐かれるのは怖い。
だって、俺はまだ。
彼女の事が、好きなんだ。
声を聞いただけで、この有様だと云うのに。
見てしまったら、会ってしまったら、触れたくなるに違いない。
連打されるチャイムすら聞きたくなくて、蹲って耳を覆った。
「お前が居なくなって、こっちは大変だったんだぞ。狩沢は静雄に無茶振りするし、セルティもネットでお前の形跡を探して岸谷が嫉妬で暴れるし」
ドタチンが歩み寄ってくる気配がして、目の前で止まる。
小さく溜息を吐きながら何か呟いていたけど、耳を覆った俺には上手く聞き取れなかった。
(何でいきなり切るのよイザイザの馬鹿―――!!)
耳を塞いでいても響く怒声に驚いて、慌てて顔を上げる。
「ちょ、ドタチン?!」
漸く、彼が俺の前に立った訳が分かった。
「狩沢、今開けてやるから慌てるな。廊下も走るなよ?良いな」
宥める様にそう告げて、ドタチンはエントランスの鍵を開けてしまう。
受話器をおろしながら、「臨也」告げる彼の声は穏やかだ。
しゃがみ込んで、俺と目線を合わせながら、まるで幼子に言い聞かせる様に告げる。
「お前はもっと、自分が愛されてる自覚を持つべきだ」
ドタチンは、不思議な事を言う。
勢い良く開け放たれるドアと、狩沢の俺を呼ぶ声を聞きながら、俺はそんな事を思った。
◆ ◇ ◆
「さて、」腰に手を当て、にこやかな笑みを浮かべる狩沢は可愛い。
その眼が全く笑っていない事を除けば。
「いきなり薬盛って人をスーツケースに詰め込んでドタチンに送り届けたと思ったら自分は姿くらますなんてふざけるんじゃないわよイザイザのバカ!でも黒幕イザイザかっこいい!私にあんな顔見せる事無いから見れてラッキーでもイザイザ不足でそろそろ死にそうようわぁん!とか思ってたら手紙が届いて【どうか貴女は幸せに】なんて…!本当にふざけないでよイザイザ。イザイザなくして私が幸せになれると思ったら大間違いなんだからね?!」
ワンブレスで見事に言いきった狩沢の言葉に、俺は少し混乱した。
おかしいな、俺、馬鹿ではなかったはずなんだけど。狩沢や遊馬崎と話していると、時々自分の頭脳が不安になる。
言ってる事が唐突過ぎて偶に訳分からなくなっちゃうんだよね。
でも、うん。そうだね。
ドタチンが言ってたことは少しわかった様な気がする。
「ごめんね、狩沢」
しゃがみ込んだまま、俺の目の前で仁王立ちする狩沢に謝った。
「う、わめ…///上目遣いしょんぼりイザイザ萌えぇぇええええ!!!」
そう叫びながら抱きついて来た狩沢の勢いを殺しきれずに床に転がりながら、俺はゆっくりと彼女の背に腕をまわした。
さぁ、
(受けとってよ、俺の愛)
(やっぱり、俺って狩沢が好きなんだなぁ…さよなら、出来そうにないや)
(しなくていいんだってばイザイザ!イザイザを追っかけてくる悪い輩からなら、私が全力で守るから!)
(相変わらず…すごく男前だね、狩沢)
(だってイザイザの旦那様だもの♪)
(門田さん…)
(なんだ?)
(絶対オレ達の事、忘れてるっすよねぇ、二人とも)
(…だろうな)
End.
な…長い…!
これでちまちまとメモで続いていた『ゲームで臨也君があまりにもヨシヨシに薬盛るのでカッとなって狩沢さんに盛ってみた(え)』シリーズは終了です(笑)
お気づきの方も見えるかもしれませんが、今回の話は題名と同タイトルの歌をイメージして書いてます。
まぁ、原型ほとんど残ってませんけど(笑)
やっぱり君が誰より好きだから――
――さよなら、出来ない。
という歌詞が好きです。最後に「」付けずにどっちの台詞とも取れそうな様に書きたかったのですが力が伴いませんでした(苦笑)
それでは、少しでも楽しんでいただけましたら幸いです!
11/09*〜13/03*