Drrr

□初対面。
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深い闇。
光も届かない、その場所。

深すぎる闇は、その色さえも認識できなくさせる。

そんな場所に、彼は住んでいた。

身を包む衣服は、闇と同化している。
衣服からのぞく肌は白く、まるで彼自身が発光しているかのように、闇の中で浮かんでいた。

彼の名は、臨也。

一般的には【甘楽】と呼ばれる、闇を生み、統べる常夜の主である。

◆ ◇ ◆


それは、彼が気まぐれに自分の領地を散歩していた時の事。

人里との境界にほど近い、薄暗い森の中を歩いていた彼の耳に、微かに馴染みのない音が聞こえてきた。

「…?赤ん坊の泣き声…?」

それは、赤子の泣き声。
自分の領地の住民位は、彼も把握している。

しかし彼の記憶では、泣き声を上げるほどに幼い子供は、この領地には居ないはずだった。

首を傾げながら、彼は声の聞える方へと足を進めて行く。
やがてたどり着いた一本の大木の根元に、声の主は居た。

竹で編まれたゆりかごの中に、毛布でくるまれた赤子。
それは――

「人の…子?」

この世界の住民ではない、人間の赤ん坊だった。

自分の存在を示すように泣き喚く赤子を見ながら、彼は首を傾げる。「どうして、」

「よりにもよってこっちなんだろうね…?」

不思議そうに呟く彼の反応は、無理もないものだった。
彼が統べるこの地は、闇が覆う場所だ。
子供を余程嫌っているのならば別かもしれないが、少しでも愛情があるのならば、こんな所へ捨てて行くべきではない。
此処よりも、明るい光にあふれた、常春の世界へ連れて行くのが普通なのではないだろうか。

彼はそう考えたのだ。

「とにかく…こんな所に置いておくわけにもいかないか…」

呟いて、彼はゆっくりと赤子に触れる。
赤子は、彼が触れた途端にピタリと泣くのをやめ、それどころか、楽しげに笑って見せた。

予想していなかった出来事に、彼は小さく目を見張る。
しかし、次の瞬間小さく笑むと、赤子をしっかりと抱きかかえ、止めていた足を再び進めるのであった。

◆ ◇ ◆


コンコンコン、

『来客か?』
「みたいだね。誰だろう?」

響いたノックの音に、家の中でのんびりとした時間を過ごしていた家の主は声をあげた。
立ち上がろうとする青年を制して、女性が告げる。

『私が行こう』

彼女の言葉に「それじゃぁ、お願いするよ、セルティ」と青年は緩く笑んだ。

セルティと呼ばれた彼女は、ゆっくりと扉を開く。
そして、其処に立っていた人物に、酷く驚いた様な様子を見せた。『臨也じゃないか!』

「やぁ、セルティ」軽く手をあげながら、来訪者である臨也は問う。

「新羅、居るかい?」
『あぁ、奥に居る。と、とにかく上がってくれ、今呼んでくるから』

そう告げると、セルティはパタパタと小走りで廊下をかけて行った。

そんな彼女を見送りながら、臨也はゆっくりと敷居を跨ぐ。

「…お邪魔します。」

ポツリと、小さく呟きながら、ゆっくりとした動作のまま、彼は廊下を進んで行った。

◆ ◇ ◆


「相変わらず君は歩くのが遅いね」

廊下の突き当たりにあるドア。
リビングに繋がっているそこから顔をのぞかせて、もう一人の家の主である青年がからかう様に声をかけた。

「うるさいよ、新羅」

新羅と呼んだ青年に向けて、臨也は不貞腐れた様な声を上げる。
そんな彼に、新羅は小さく笑った。

そんな新羅にため息をつきながら、ゆっくりと、臨也が口を開く。「それより、」

「この子をみてくれないか?新羅」

差し出すのは、先程森で拾った赤子だ。
差し出されたその子をまじまじと見つめながら、新羅は声を上げる。「珍しい…」

「人の子じゃないか…!」
「東の森に捨てられてたんだよ」

簡単な説明を告げる臨也から赤子を受け取りながら、興味深げに呟いた。

「こっちに捨てに来るなんて珍しい事もあるんだね…それにしても、君が人の子を連れてくるだなんて!天変地異の前触れかい?それとも、いつもの気まぐれかな?」

新羅の言葉を受けて、臨也は黙考する。「そうだな…」

丁度その頃、いつの間にかお茶の準備をしてくれていたらしいセルティが、紅茶を持って部屋へと戻って来た。

『臨也、紅茶が入ったぞ』
「あぁ、有難う」

紅茶を受け取り、ゆっくりと口に含む。
そして、カップをソーサーに戻しながら、先程の言葉の続きを、彼は告げた。

「敢えて言うなら――いつか来たる未来の為、、、かな」

軽い調子で告げられた言葉は、その声色とは反対に、酷く重たい響きを持っていて。
その響きに、セルティと新羅は、不安げに顔を見合わせたのだった。

初対面。
(ハジメマシテ。)


「所で、その子は臨也が育てるのかい?」
「うん、一応そのつもりだよ。…まぁ、人の子の事なんて俺には分からないから…何かあったら君を頼ると思うけど」
《何も無くても、何時でも遊びに来い、臨也》
「え…」
「セルティの言うとおりだね。僕たちは友達なんだから、もっと何でもない時に遊びにこればいいんだよ」
「……ありがと」


End.
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