家宝

□影の紡ぐその御言、葉は
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黒子と高尾が幼馴染みであることを知る人間は少ない。高尾と木吉が幼馴染みであることを知る人間も少ない。ましてや黒子と木吉が幼馴染みであることを知る人間など、いるはずもなかった。

◇◇◇

それはある日突然カミングアウトされた。
「俺とテっちゃん、幼馴染みだから」
「「「はぁ?」」」
「本当ですよ」
「ついでに言うなら俺とも幼馴染みだよなー」
「そうそう」
その掛け合いの後、誠凛高校を揺るがすほどの絶叫が誠凛バスケ部メンバーの喉から迸った。

◇◇◇

「…で、何で今カミングアウト?」
今更と言うべきか、今頃と言うべきか。言うなら最初から言え、は相田の言葉で、黙っておくなら最後まで口を噤んどけ、は伊月の言葉で、その間をとって質問したのは日向である。
奥まったボックス席を確保した上記三名と幼馴染み三名は向き合って飲み物を口にする。ちなみに黒子は当たり前のようにシェイクを飲んでいた。むしろマジバでシェイクを飲まない黒子など想像がつかない、とは木吉の言葉である。
「そうですね、何故今なんですか?」
シェイクを飲みながら黒子も首を傾げた。右に座る高尾はにんまりと口を曲げ、左に座る木吉もやはり食えない笑みを浮かべて黒子を見つめる。…どうやら答える気はないらしい。黒子はまたかくりと首を傾げて真正面に座る相田を見つめた。
「僕は別に隠すつもりはありませんでした」
「じゃあ何で言わなかったの?」
そう相田に凄まれて、けれど黒子は悪びれるどころか怯えた様子もなく至極不思議そうに答えた。
「あの…交遊関係まで先輩に報告しなければならないんですか?」
「ぐっ…そ、それは…」
確かにいちいち交遊関係を報告する義務など無い。黒子にたまたま幼馴染みがいて、その幼馴染みがたまたま違う高校に進学していたり先輩だったりしただけのことだ。
「…ってそれが問題なんじゃないのー!」
うりゃぁ! とちゃぶ台返しを行いそうな勢いで立ち上がった。相田の両サイドに座っていた伊月と日向は恐ろしさのあまり相田から距離を取ったものの、真正面の黒子はぱちくりと瞬いただけであり、黒子の両サイドに座っていた二人も瞬きを繰り返しにまっと笑みをこしらえただけだ。
ダメだこりゃ、と日向と伊月は内心呟く。相田の怒りも恐ろしさも、前に座る三人には痛くも痒くもない。むしろそれを煽りそうな気がする、と日向は溢し、避難すべきだと伊月とアイコンタクトをとった。適当な断り文句を入れその場を離れた二人は、明日からのことを考え本気で憂鬱になる。
「明日の扱き(練習)…倍で済むかな」
「…楽観視は止すべきだぞ、日向」
「そうか…」
はぁ、と大きな溜め息を吐き肩を落とす男子高校生二人の背中には、リストラされた中年サラリーマンに勝るとも劣らない哀愁が漂って見えた。

◇◇◇

さてさてマジバ店内。怒り心頭と言わんばかりの相田に対し、黒子は本気で空気が読めていないらしくじっと相田を見つめていた。高尾は常と変わらず面白がるような笑みを穿き、木吉は食えない笑みを浮かべたままだ。
「この際鉄平は一旦置いておくわ。…黒子君」
「はい、何でしょう?」
「高尾君と幼馴染みなのよね?」
「はい、そうです」
「じゃああのリーグ予選の時、黒子君は高尾君の「鷹の目(ホーク・アイ)のことも知ってたの?」
「……」
黒子はふと口を噤み、ちらりと高尾を見やる。高尾もちょっと困った様子を伺わせて、けれど頷いた。
「はっきりと知っていたわけではありませんが、何となく想像はついていました」
「つまり?」
「今まで僕を見失ったことがないので、ある程度の予想はついていました」
流石にあそこまで見えているとは知りませんでしたが、と呟けば高尾が唇を尖らせ反論する。
「俺だってテっちゃんが「幻の六人目(シックスメン)」だって知らなかったんだからお相子じゃん」
「そうか、タカは知らなかったか」
木吉が顎を押さえて頷く。そう言えば木吉は帝光中学と戦ったことがあったな、高尾は思った。
「そもそも僕たちは幼馴染みではありますが、お互いの学校については驚くほど何も知りません」
高尾のこととて対試合会場に行くまで秀徳に進学していることすら知らなかったのだから。
「それに木吉先輩が同じ学校だったこともこの前初めて知りましたし」
「え、そうなの?」
「そうなんだよ。俺たち、お互いの進学に対しては一切手出し口出ししないって決めてたから」
木吉も頷きポテトをかじる。ちなみにそのポテトは高尾も手を伸ばしていて、中間と言うように黒子の真正面に置かれている。黒子は一度も手を伸ばしていないので正直邪魔な気持ちもあるのだが、席順上仕方ないと割りきった。
「じゃあ鉄平も高尾君が秀徳に進学したことは…」
「勿論知らなかった。クロが帝光にいたのは知ってるけど、誠凛に進学してたことも知らなかったし」
そもそも黒子と高尾の進学時期は木吉も忙しかった。治療とリハビリにその殆どを費やし、息抜きに他愛ない話をすることはあっても進学についてまで話をすることはなかったのだ。
「鉄兄が進学の時も話さなかったしね〜」
最後のポテトを摘まんで高尾がニヤリと笑う。木吉は最後を奪われたことに軽く舌打ちしたものの、諦めた様子で肘を吐きやっぱり食えない笑みで相田を見つめた。
「これで大体の質問は終わったかな?」
「え、えぇ」
ぼんやりした様子で頷いた相田はすとんと腰を下ろし、改めて目の前の三人を見つめる。
「……」
三人が三人とも似たようなところがありながら、まったく異なる才能の持ち主だった。相田の監督としての部分が疼く。彼らを自分の全力でもって育ててみたい気持ちがわいて、うっかりニヤけてしまいそうだ。
(いけないいけない)
ぶんぶんと首を振る。木吉と黒子はともかく、高尾は他校生だ。この三人が一緒のドリームチームなんて代物を大変見てみたいが、今はまだ無理だろう。
(う〜ん、残念!)
まぁ夢がすぐに叶ってしまっては勿体ない。じっくり煮詰めていこうではないか。
にやりと女性にあるまじき悪どい笑みを浮かべて、相田はオレンジジュースを飲み込んだ。

 
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