家宝

□影の紡ぐその御言、葉は
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◇◇◇

そんな笑みを真っ正面から見つめてしまった黒子はというと、変わらずシェイクを飲みながらそろそろ帰ってもいいだろうかと思案する。
(昨日買った新刊、まだ読んでないんですよね)
黒子お気に入りの作者が久方ぶりに出した新作なので読みたくてたまらない。話も一段落ついたし、ここで断りを入れて帰ろう。黒子はそう決めて立ち上がった。
「テっちゃん?」
「クロ?」
「話も終わったようですし、帰りますね」
お疲れ様です、と頭を下げて入り口側に座る高尾に席を立ってもらう。黒子が通り過ぎ椅子に座り直した高尾は「またな〜」と手を振り、奥に座る木吉も肘を突きながら「また明日」と笑った。相田は一拍遅れて「気をつけてね!」と笑みを見せる。黒子は自動ドアの前で小さく笑って頭を下げた。
けれど黒子の影の薄さはこの後本領が発揮されることを店内に残った三人は、知らない。

◇◇◇

「…で、二人は帰らないの?」
「たまには親睦深めようと思ってね」
「そうそう、会うの久々だからさ〜」
相田の生真面目な視線を流すように二人は笑みを深める。黒子の感情らしい感情を浮かべない無表情も読みづらいが、かといって目の前の二人のような笑みも本質を読ませないという意味では至極厄介だ。しかしその奥底までを探るのは面倒であるし、第一必要がなければ興味すらない。そういう人間なのだろうというのが相田の見解だ。
だから今回も「あっそ」とそれを聞き流し、席を立つ。
「私も帰るわ。大分遅いし」
恐らく家では帰宅の遅い娘を心配して父がキリキリしていることだろう。部活で遅くなることは分かっているだろうが、それにしても遅くなりすぎた感はある。
「おう、気をつけてなー」
「さよなら、監督さん」
ひらひらと手を振る二人の見目形はまったく似ていない。なのに何処と無く似た雰囲気を感じるのはその笑みと動作が似通っているからだろうか、と思いながら相田はマジバを後にした。

……その後彼らの間で何が話し合われたのか、それは相田の知るところではない。知るところではないが、恐らく知ったところで呆れ返ってものも言えなくなるだけだろう。

◇◇◇

それはいっそ満面の笑みと言い換えてもいい様子だったのだが、相田が角を曲がって見えなくなった瞬間笑顔が剥がれ落ちた。
「…で、タカ?」
「何、鉄兄?」
「何でお前、今更こんなこと言ったんだ?」
黒子と幼馴染みであるという、その事実。確かに隠しておく理由はないが、かといってわざわざ誠凛に来てまで言うことでもないはずだ。高尾のカミングアウトに便乗した木吉ではあるが、そこに隠された本音までは分からない。
高尾はカップの蓋を外し氷を噛み砕きながらちょっと眉を顰め、言った。
「だってズルいじゃん」
「……?」
「鉄兄だけテっちゃんと学校一緒で部活も一緒でさ、他の友達だって増えてくだろ?」
噛み砕いた氷を飲み込んでストローを弄くる姿はまるで。
「…そんなに拗ねるなよ、タカ」
そう、拗ねる子供そのままだ。
「だって鉄兄! 秀徳には真ちゃん、もといキセキの緑間がいて本人気づいてないとはいえツンデレ発揮して遠回しに「黒子のことはよく知っているのだよ」的なことばっか言ってくるんだぜ!」
あんな無意識に自慢されてる俺の気持ちなんか分かってたまるかー! と高尾は鬱憤を晴らすかの如く叫ぶ。店内から視線が集中したが高尾は気にした様子もなく(むしろ気づいていないのかもしれない)迸る激情のまま叫び続けた。
「それにテっちゃんと鉄兄だけが一緒の高校ってこともムカつく!」
「それは偶然だ」
「分かってるよ! 分かってるけどズルい!」
俺だって一緒にバスケしたい! と叫ぶ姿はまんま駄々をこねる子供だ。その姿に木吉はうっかり笑い声を漏らしてしまい、高尾から鋭く睨まれてしまった。
「笑うなよ、鉄兄!」
「ははっ、ごめんごめん」
何とか笑いを堪えようと努力するものの、残念ながら表情を引き締めるには至らない。そんな木吉に高尾は更にヒートアップしていたため、近づいてきた人影に気づくのがかなり遅れた。というか声をかけられるまで気づけなかった。

「随分可愛らしいことを言いますね」

「「……っ!?」」
二人とも息を止め、ぎこちない様子で正面を振り返る。いるはずがない、だってさっき一人で先に帰ったじゃないか。
しかしそこにいるのはどう見ても幼馴染みの一人である黒子でしかなく、二人は言葉を失いただ呆然として見つめるしかなかった。
そんな二人の表情に気づいているはずの黒子はというと、特に何の感情も浮かばない表情のまま二人を見つめている。
「…テっちゃん?」
「はい、何でしょう?」
「ぇー…いつからいたの、かな?」
「俺だって一緒にバスケしたい! の辺りからでしょうか?」
よりにもよって一番恥ずかしいところ! と高尾は内心悶える。別に格好つけたいわけではないが、格好悪いところを見られたくないのは人間の性であろう。
言葉にならない羞恥心を味わっている高尾に、けれど黒子は静かな視線のまま、真摯に言葉を紡いだ。
「高尾君」
「な、なに?」
「確かに僕たちはチームメイトではありません」
「……ん」
「でもバスケは一緒にしてるでしょう?」
「……」
「同じコートに立って、同じようにボールを追い掛けているでしょう?」
確かにチームは違う。でも同じコートに立って、同じボールを追い掛けている。それでは駄目ですか、と黒子は問うた。
黒子の真正面に座り直した高尾は、改めて黒子を見つめる。青みを帯びた双眸には慰めなんてものはなくて、ただ自分の思うことを真っ直ぐに伝えている真摯な感情だけが見えている。

それはついぞ、高尾が手に入れることが出来なかったものだ。

同時に内に渦巻いていた嫉妬とか呼ばれるような感情が遠くなっていくのが分かる。
高尾は嫉妬していた。黒子を知っている、と誰にも憚ることなく宣言する緑間に、或いは黒子と共に歩める誠凛のメンバーに。
「…ズルいよなぁ」
誰がって、一番は間違いなく今目の前に座る黒子なのだが、きっと本人は知らない。気づきもしないだろう。
それを苦しく思う、悔しく思う。けれどそれこそが黒子であるから、だから高尾は苦笑を一つ落として笑うしかない。
そこには卑屈さも妬ましさもなくて、ただ幸せそうに。黒子の愛する幼馴染みの姿だった。
「ん。それでいいよ、テっちゃん」
今はまだ、それでいい。いつかそれがいい、に変わるかもしれないし、或いはより近くなるかもしれない。未来はいつも希望で溢れていて、時に絶望を内包していることだってあるけれど、それでも前に進めるのだから。前に進むしかないのだから。

「僕も何時かは君と同じチームで同じコートに立ちたいです、   」

にこ、と笑う黒子に高尾も心底嬉しそうに笑いかけて、一粒だけ涙を溢して。
でもやっぱり最後には笑った。

◇◇◇

そんな一つ年下の幼馴染みたちを見やって、木吉も笑う。
昔から黒子は影が薄くて、そのせいで自己主張も回りに気づかれないことも多かった。そんな黒子に庇護欲を抱いていたのは高尾だけではなく木吉もで。
けれど木吉も高尾も本当は知っている。そんな黒子が一番強くて優しくて、何より幼馴染みである自分たちを愛してくれていることを。
黒子は良くも悪くも淡白だ。自分がその腕に何を抱けるか、何なら自分が守れるか、それをしっかり見極めた上で行動に移す。
けれどそんな黒子は幼馴染みである自分たちを決して手放そうとしない。それほど大事に思っているのだと、真正面から宣言してくれたのだ。
(普通恥ずかしいよなぁ…)
けれど本心から思うそれを恥ずかしがる理由も、偽る理由もないと黒子は言ってのけた。あの透明すぎるほど透明な青みを帯びた双眸には言葉通り、恥ずかしさも偽りもなかったのだ。
「木吉先輩」
「…タカのことは名前で呼ぶのに何で俺には先輩?」
「はいはい、   」
久しぶりに呼ばれたそれに木吉も笑う。高尾も笑って黒子も微笑んだ。

多分それこそが。

◆◆◆

(言祝ぎ、で)

 
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