コルダ

□声を枯らして愛を叫ぼう
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呆然としていたけれど、香穂さんの小さな声ではっとした。


「っい…」

「!!どうしたの!指切った?!大丈夫!!??」

すぐさま駆け寄ってみると、やはり香穂さんは指をガラスで切ったようだ。
細く綺麗で、…ヴァイオリンを弾く指を伝う赤い雫はまるで僕を責めているようだ。

「と、とりあえず洗おう…!絆創膏あったかな…」

そういいながらゆっくりと香穂さんを立たせて洗面所まで連れて行って流水で洗う。
最初少ししみた様だけど、あとは僕にされるがままだ。
そのまま洗い終わったあとに、僕が絆創膏をはった。


と、そのとき、香穂さんの瞳から一筋だけ涙がこぼれた。


「…か、香穂さ、ん?」

戸惑う僕の目の前で、まだ潤んだままの瞳を向けて、まるで独り言のように呟いた、




「私たちって、だいぶ離れちゃったね……」



「っ…、」



…まるで、直接心臓を握り潰されるような感覚だった。


悲しそうに、けどどこか諦めたようなその言葉は、まさしく真実だった。

確かに、もう昔とは違う。
君の笑顔を見るだけで幸せだった。学校帰りに二人で帰るだけで幸せだった。



君と二人でいるだけで幸せだった。




「…完成。もう大丈夫だよ。直ったらちゃんとヴァイオリンも問題ない。」

「ありがとう、葵君。…じゃぁ、私、帰るね?また時間できたら連絡頂戴?」


そういいながら微笑む君の笑顔は、あの頃とは違う、とても苦しそうな笑顔だった。



香穂さんが帰った後、僕はそのまま呆然としていた。
しなくちゃいけない事があったと思うけど、今は動きたく無かった。

今は、まだ彼女の事だけ考えていたい…



―――どうしてこうなってしまったんだろう…


彼女のことを愛してるのに、今は彼女の事考えていたいのに、考えれば考える程辛い気持ちになってしまう。

愛してる。離れたくない。その気持ちは何時まで時がたとうとも決して変わってなんかいない。


(じゃぁ、このまま、この重苦しい関係のまま…過ごす?)


冷静な僕が問う。


(答えは…否、でなくちゃ、いけないんだよ…)




…そんなの、分かってるんだ。
いや、もうずっと前から心の奥底では分かってた。

もう久しく僕の大好きな香穂さんの本当の笑顔を見ていない。
最近なんとか会っても、僕はつい香穂さんに当たって、香穂さんは無理矢理笑って僕を慰めてくれている。受け入れてくれる。


―――でも、そんなの香穂さんを僕に縛りつけているに過ぎない。

縋って、頼って、子供見たいに…。

そんな僕を、優しい香穂さんは見捨てれないだけ。
必至になって繋ぎとめて、縛り付けて、僕が離さないから、傍に居てくれる。それだけ。



そう、分かってる。





僕にとって一番辛い道を選択することが、最も正しいんだ。
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