黒子
□どうせなら堕ちる所まで
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黒子っちの家は母子家庭だと聞いた。
それはオレたちが付き合いはじめて半年ほどたった夏の日。その日は誠凛も海常もテスト週間でお互い部活の無い平日。オレと黒子っちはお互いの学校が終わるとお互いの学校の大体真ん中あたりにあるファミレスで待ち合わせしていた。そこで少し勉強して、店員の目が冷ややかになってきたところで外に出て近所の公園へと足を伸ばした。
夕方といえどまだまだ太陽は明るく周りの空気をいたずらに暖めて人間を苦しめる事に余念がない。オレと黒子っちは日陰のベンチへと腰掛けてから、何気ない言葉を交わしてゆく。そうして、唐突に始まった話の流れで、いつの間にかお互いの幼少の頃の話になって、今の話題に至る。
父親は黒子っちのお母さんとは身体だけの関係で、所謂不倫だったらしい。で、子供が出来てしまったから捨てられたのだと、黒子っちの口から聞いたことがある。
「黒子っちはそれお母さんから聞いたんスか?」
「いいえ、母の親戚の噂話を耳にしただけです。母も僕も親戚たちからは恥さらしだと嫌われてますから。」
「…オレは黒子っち大好きだよ?黒子っちを生んでくれたお母さんも好き。」
「なんかズれてる気もしないでもないですが…ありがとうございます。」
「こっちこそ、生まれてくれてありがとう?」
「何で疑問形なんですか。」
クスって、優しい顔で笑うから、重い話なのに空気は柔らかかった。
「僕は女手一つで育ててくれた母に感謝してます。だから、正直に言えば同姓と付き合ってるなんてなかなか言えませんよ。流石にショックでしょうから。」
「まぁそうっスよね。オレは言ってもいいけど黒子っちがオレの親から攻撃されるかもしれないって思うと言いたくないっス。」
「親にも友達にも秘密って大変ですね。」
「大丈夫っスよ!なんたってオレたちは愛し合ってるんスから!」
「何が大丈夫…って言うか、随分恥ずかしい事をさらって言いましたね。」
一瞬遅れて黒子っちの耳が赤くなってる事に気が付いて、そんな黒子っちがまた愛しくて、思いっきり抱きしめたら「公共の場でさかるな」って思いっきり睨まれた。やっぱ外は駄目らしい。
「どうせ暑すぎて周りに人いないっスよ。」
「暑いって分かってるなら離れてください。本当に暑い。」
「暑くてもオレは黒子っちとべたべたしたいっス!」
「僕はお断りします。」
「酷っ!」
2人して暑い外で寄り添って、話して笑って抱きしめて突き放されて、でも笑って。
この半年後に人生で一番幸せな時間を迎える事も、その1年後に人生で一番辛い時間を迎える事も、そんな事分かるわけも無くて。
「黒子っち…ちゅーしたいっス。」
「僕はアイスが食べたいです。」
「なら、2人でコンビニに行くっスよ!涼しくてアイスもある!」
「名案ですね。乗りましょう。」
その黒子っちの一言でベンチを立って、太陽が嫌がらせの如く光と熱を注ぐ道を2人で進む。
車も人も殆ど出会わなくて、だから人が居ない瞬間を狙って歩きながら黒子っちの唇に触れるだけのキスをした。
「いらっしゃいま…せー…」
コンビニの店員はオレの顔を見て一瞬固まってすぐに目をそらした。
…正確に言えば、オレの左ほほにある奇麗な手形を見て。
「ハーゲルダッツのバニラで無いと許しませんから。」
盛大な平手打ちをかましてくれた上に高級アイス。それでも安いと思えるのは、黒子っちの唇が甘くおいしいから、なんて本人に言えばこれ以上の攻撃が飛んでくるに違いないからいえない事だ。
その日から本格的に外ちゅーは禁止された。なんたる仕打ち。
その仕返しとばかりに2人っきりの空間になるとベロちゅーを仕掛けるようにした。
(あー…オレも思春期っスねー…)
…キスだけで、欲情するなんて。
いろいろとムードを作って仕掛けてみるものの、黒子っちのガードは固い。鉄壁と言って差し支えない位硬い。
半年だ。半年かけてやっとである。
それまで生殺しの連続だ。
その苦しみを味わい続ける半年の戦いをまだ軽く見ていたこの時のオレはそれはそれはのんきなものだった。
のんきでただ黒子っちの事しか考えてなくて、それで…
黒子ちの家の事情なんか、オレにはあまり関係のない事だと、頭の隅に追いやっていた。