10/27の日記
18:56
復活:10年前の思い出(ヒバツナ)
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これの続き
不思議な雰囲気を持った、木々の言葉を理解できる少年とは、それ以来何度か同じ場所で会う事が出来た。
彼はいつも同じ場所にいた。毎日そこにいたわけではないけれど、行けばたまに会えた。
「今日はいたね。」
「今日は来れました。」
僕たちが最初に発する言葉はこんな感じ。
僕が毎日通って、彼は時々ここに来た。
会って特に何する訳でもない。ただ僕は彼の隣で本を読んだり、最近買ってもらったトンファーを振ってみたり、昼寝してみたり。
その横で彼はぼーっとしている。いや、訂正。木々と会話をしている。会話をしながら、時々僕の行動(トンファーを振り回してた時とか)に対してなんらかの反応をするぐらい。ただ、一緒にいるだけだった。
群れるのが嫌いで、ずっと一人だった僕が、唯一一緒にいたいと思った人間だった。
…しかしそんな日々は、唐突に終わる。
「俺、明日からここにきません。」
「…なんで?」
「えっと…“かていのじじょう”ってやつです。」
「そう…」
それ以来二人の間には沈黙が流れた。
普段から特に会話をしているわけではないが、いつもの心地よい沈黙とは違う、重い沈黙だった。
「…もう、二度と来ないの?」
「“オレは”、もう二度と来れません。」
彼の言葉の「オレは」を強調した意味は分らなかった。まだこのときは。
でも、その言い方だと、何か別の方法で会えると、暗にそう言ってる気がした。
「じゃぁ、君に会うにはどうしたらいいの?」
「……」
彼は僕の質問に泣きそうな顔をしたかと思うと、長い沈黙のあと、小さな声で、ぽつりとつぶやいた。
「大きくなったら…そうだな、10年後、ここの、木を切り倒してください。」
「この木を?」
彼が切り倒せと言ったのは、いつも彼が寄りかかっている木だった。
彼はいつもここに寄りかかったまま動かない。よっぽどお気に入りだと思ってたのだが、その木を切り倒せと言ったことに僕は多少の違和感を覚えた。
「この木でないといけないの?」
「この木だけです。」
そう、その木をまるで自分を抱きしめるかのように強く抱きしめる。
「…名前、」
「え?」
「名前、聞いてなかった。なんていえばいいの?」
「…今日はよくしゃべりますね。そっちこそ、名前教えてくださいよ。」
「僕は雲雀恭弥だよ。次は君の番だ。」
「オレは……つ、つなよし。かな?」
「なんで疑問系なの」
「なんでもないです。つなよし、がオレの名前です。」
「つなよし…ふーん。」
初めて聞いた、古風な名前を自分の舌に乗せて音にする。
そうすると、なんとなくだが、口の中が甘くなった気がした。
「じゃぁ約束だよ。つなよし。僕は10年後の今日、必ずここに、この木を倒しに来るから。君も絶対に、僕に会うんだよ。絶対だ。」
「はい。」
「約束やぶったら咬み殺すからね。」
「はい。」
何度も何度も念押しをする。そうしないと不安で仕方なかった。
言葉で何度確認してもなぜか不安は消えない。なんでこんな気持ちになるのか自分でも分らなかったが、それでも不安なものは不安だった。
「本当に殺しに行くから。約束破ったら本当に…」
「大丈夫ですよ。約束は、守ります。」
「君の言葉がこんなに信用できないのは初めてだよ。」
「酷いですね…」
「なら、言葉はやめます。」
そう言ってつなよしは僕を手招きで呼び寄せて、近づいた僕の襟をつかんで引き寄せた。
いつもどおり木に寄りかかったままのつなよしと、あまりに近い距離でぼやける視界と、唇のやわらかい感触。
「“ちかいのキス”です。本当ですよ。」
そうやって笑うつなよしに、やっと心の不安が消えていく。
―…目が覚めたら、僕はいつもの木に寄りかかったて寝ていた。
つなよしの姿は無い。けど、崩れた襟もとと、かすかに残る唇の感触が、さっきの出来事が夢ではない事を物語っていた。
「つなよし…」
1日でも、1分でも、1秒でもいい。
10年後の今日が、少しでも早く来てくれることを願った、10年前の晩夏。
…僕は今、約束の木の前に立っている。
目の前の木は10年前より大きくなることなく、逆に成長した僕から見たら小さくなったように感じた。
その木に力いっぱいトンファーを振る。何度も何度も振れば、ゆっくりと傾いて、そのまま折れて倒れた。
その瞬間、僕の目からは意図しない涙があふれて止まらなくなった。悲しくて、寂しくて。
『雲雀さん、さよなら。そして、はじめまして。』
そこからかつなよしの声が聞こえた気がした。
その声を探してふと、先ほど倒した木の根元に、木のかごがあった。
「……うん。はじめまして、つなよし。」
その木のかごの中にいたのは、生まれたばかりの“人間”の赤ん坊だった。
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