□第八話
1ページ/4ページ


「小僧。茶ァ持って来い」

「…俺は水龍瀬より年上だ。小僧じゃねえ」

「ごたごたうるせェ。菓子も忘れんなよ」

事件から早一ヵ月。未だ俺は獅怜軍に駐在していた。あの後も度々危険な目にあい、結局獅怜の側近として扱われている。戦場に赴いた水龍瀬統帥を始め、獅怜を除く軍師は画策によりあっと言う間に勝利をおさめた。翌日には帰還するとの伝達があり屯内は宴の準備で大騒ぎだ。

「罪人掃除位させろよ。アンタの顔ばっか見てると飽きる」

「ハッ、言っとけ。誰の御陰で今迄無事だと思っている。第一誅殺は漱明の仕事だ。アイツの仕事取ってみろ、…それこそ誅殺されるぞ」

ふー……と紫煙を吐き煙管に入った灰を窓外へ落とす。

「…漱明は苦手だ」

「ほォ?何故だ」

「………」

「言え。」

「…俺を見る目が違う」

「………。お前、俺の話は聴いたか?」

「いや、何も」

「…俺は武家出身じゃねェ。それこそ全く身分も違う。わけェ頃の夜は暗殺、盗みは常だ。まぁ後は…酒と女だ」

ククッ、と喉を震わせ妖艶に笑う。
 
それにしても―意外な過去だ。身形の良さからして名家の出かと思ったが。視線を落とし感慨深げに語り始める。

「あの夜も女だと思ってなァ…声を掛けたんだが、振り向いた奴の胸下を見るとねェんだ」

「幽霊か?」

「馬鹿野郎、ちげーよ。膨らみだ膨らみ。男だった」

「…馬鹿はそっちだろ」

「うるせェ!…俺はソイツに、片目を殺られたんだ」

「………片目を?」

「どうやら機嫌が悪かったらしいなァ。少し尻触っただけで短刀で抉られたぜ。寸分の狂いもなく眼球"のみ"をな。ま、そん時はもう軍師だったらしいが…」

明らかに漱明の事だろう。顔をしかめ不機嫌そうに無い右目を擦る辺り、想像を絶す痛みだったのだろう。

だがそれ故俺の右目はねェんだ、と自慢気に語る獅怜は変だ。

「何故此処の軍師に?漱明は憎い奴だろ?」

「…俺はなァ、あの時から力を求めて幾つか戦場に出向いた。右目を奪った奴に復讐する為にな。そん時偶然、敵方であった龍から軍に勧誘されたっつーわけだ。」

「………そこに奴が居た、と言う事か」

「ああ。…悔しいが漱明とはまだ寸分の差がある。それを追い越すにゃァ此処の軍師になったほうが手っ取り早いだろ。何時でも機会はある」

見目の如く野心をたぎらす。隻眼で過ごす事がどれだけ大変か想像もつかない俺には分からないが。

 
「ま…今は気も削がれかけちまったが。おい、迅。声位掛けろや」

天井からストンと出て来たのは忍の長。17、6歳にみえる青年。軍の中でも風貌は一番若く見える。なにより雰囲気が漱明と似ている。

「んな無茶な。掛け辛いっすよ。」

「速かったな」

「そりゃもう海靖殿が気掛かりでね…大丈夫っすか?獅怜兄にはなんもされてねーっすか?」

「………」

言えるか。沈黙を肯定と受け取った迅は獅怜に捲し立てた。

「手出し速いっすよ!おれだってまだなのに」

「結構良かったぜ?」
 
一方は煙管を咥えたまま悪どくにかっと笑い、また一方は歳相応に顔を膨らます。すると迅は俺に向き直り近付いて両肩に手を置き揺さぶった。

「兵士共にはまだなんもされてねーっすよね!」

「さっ………、されてねぇっ!」

肩ごと頭を前後に強く揺さぶる。畜生、後ろでニヤつく獅怜をたたき斬ってやりたい。

「…それなら良いっすけど…ね、今度おれん所にも来て下さいよ。朝から晩迄たっぷり付き合うっすから!」

「絶倫、止めとけ。小僧が死ぬ迄ヤる気か」

「むぅ〜…あれは獅怜兄が体力無いだけっすよ」

 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ