Novels(with G)

□約束
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 君はいつも音のない世界にいたね。

 大学のクラスで彼女と知り合って1年。彼女が聴覚障害者だなんて、そんなことは1度も意識したことがなかった。それは彼女が、いつも笑顔を絶やさずに、僕らとバカやったりして、壁を感じさせないほどに明るい性格だったからだ。僕は、秒刻みに彼女に魅かれていった。そして、彼女と少しでも時間を分かち合いたいと、仲間たちを巻き込んで習った手話も、最近は大学の講義を彼女に手話通訳できるほどに上達した。

「陽一、真奈美、俺ら今からカラオケ行くけどどーするよ?」
 ある日の昼休み、食堂に2人でいた僕と彼女に、クラスメイトの深田が器用に手話を使って話し掛けてきた。
 カラオケ…歌を歌い、歌を聴く場所。深田の言葉を聞いて、思わず身体が強張った。彼女は一体、どう答えるのだろう…。
「私…行ってもみんなの歌聴いてあげられないから…みんなで行ってきて。」
表情はいつも通り明るかったけれど、彼女の指は小刻みに震えていた。そして、
「私…帰るね。」
と去って行った。深田はその時初めて、自分の犯した失態に気付いたようで、「しまった」という表情で頭を掻きながら言った。
「悪いことしちまったな、真奈美に。アイツいつも明るいし、俺らも手話使うことが普通になっちまってたからさ、つい…って、言い訳にしかならねぇか…。カラオケ行きづれぇな、止めとくか?」
「いや、お前ら行って来いよ、アイツは俺が何とかするよ。」
立ち上がりながら僕がそう言うと、深田は少し口を緩ませて
「お前、惚れてんのか?」
と言った。僕は何も躊躇うことなく
「あぁ。」
とだけ言って、彼女の後を走って追い掛けた。
 今なら自分の気持ちを彼女にぶつけられる…そんな気がした。

「帰る」と告げた彼女は案の条、大学のキャンパスの外れにあるベンチに独り佇んでいた。この場所は、たまに2人で手話の練習をする秘密の場所だった。
 傍に寄って肩を叩くと、泣き顔の彼女。今まで、1回たりとも彼女のこんな顔を見たことはなかった。人前ではいつも彼女は笑っていたから。

「私、悔しかったの。」
 落ち着きをとり戻した頃、彼女はそう告げた。
「深田君が誘ってくれた時、すごく嬉しかった。私と対等に接してくれてるんだ、って分かったから。・・・でも、どう頑張っても私に障害がある事実は消えない。やっぱり、したくてもできないことがあるんだ…って思ったら悔しくて泣けちゃった。子どもの時以来だよ、自分の身体のことでこんなに泣いたの。」
苦笑をした彼女を、僕は堪らなくなって強く抱き締めた。そして、震える指で「好きだ。」と告げた。
「俺がお前の耳になるし、声になる。だから…俺の傍にいてくれないか?」
僕の言葉を全て聞き終わる前に、彼女の涙の跡には再び滴が流れていた。そして彼女はこう答えてくれた。
「今『好き』って言葉聴こえた。胸に声…届いたよ。」

 来年もその後もずっと、この季節が来たら2人で流れる雲を追いかけよう…約束だよ。



☆fin☆
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