拍手御礼SS-log

□Letter
1ページ/1ページ





「これは…」

今しがた訓練場で早朝トレーニングを終えた名無しさんは、更衣室の中に立ち尽くしていた。
自分のロッカーのドアに一枚の封筒が挟まっていたのだ。

「ま、まさか!」

名無しさんは駆け寄って封筒を凝視した。


…こ、これは所謂恋文という奴では!?
どきどきしつつ手に取ろうとした瞬間、封筒は背後から伸びてきた腕に略奪された。






letter






「はーいストップ。触らないでね」

「え。エンヴィー!?なんで此処に…」

此処は軍施設内の更衣室だ。無論女性用の。

…この人ちょっと中性的だからって堂々と!いや、今はそんな事より…。


「あ…あの。それ、多分私のだから…返して」

名無しさんはもじもじと抗議してみる。

…今まで恋文など貰った試しはない。
正直読みたい。凄く読みたい。

そんな彼女の気持ちをよそに、エンヴィーは真剣な顔で首を振ってみせた。

「駄目だよ。これ爆弾だから」

「ば、爆弾!?」

…えっ、それ目測で厚さ1ミリくらいしかないけど!
何ですか最新の超薄型爆弾ですか。
我がアメストリス国の生産する機械製品は軒並みどっしり豆腐型だと思ってたよ。
ちなみにこの豆腐というのは、マイブームの極東の島国の食べ物だ。
ヘルシーで淡白で素晴らしい。

「あーもしかしてラブレターか何かだって思ったんじゃない?」

「だ!そんな訳ないし!」

「本当かなぁ」

エンヴィーは腰に手を当てて、名無しさんの顔を覗き込んでくる。

「本当だし!」

彼女は負けじと声を上げるも、エンヴィーはにやにやと笑うだけだった。

「駄目だなぁ。一軍人としての心構えが足りないんじゃないの?」

「ぐ…」

名無しさんは文字通りぐうの音も出ない。

…もしかしてこれが噂に聞くテロの脅威か。
まさかそんな寸法で仕掛けるとはついぞ思うまいという罠か!油断大敵!

などと名無しさんが思っている間に、エンヴィーは何処に持っていたのか(何故持っているのか)ペーパーナイフを取り出すと、
徐に中身を取り出し、二つに折られた純白のそれを開いた。


…紙だよ。紛う事なき紙だよどう見ても。なんという技術力…。

エンヴィーが黙読するように手紙(型爆弾)を横方向に眺める様子を、名無しさんは両手を握り締めて見守るしかなかった。
彼が何をしている人物なのかは知らないが(名無しさんの中では軍のお抱えダンサー説が有望)、
ともあれ爆弾処理が出来るなんて意外だった。
ちょっと格好いいかも、と名無しさんが感心していると、顔を上げたエンヴィーと目が合った。


「あんた今いくつだっけ」

「は?」

…幾つ、と問えばそれは十中八九年齢の事。
私だってそれくらいは分かるぞ!でも何故今?

訝しみつつ答えれば、これみよがしに大きな溜息と共に「学校の同期の奴か」という呟きが名無しさんの耳に届いた。


…なんなんだ。

名無しさんが呆気に取られていると、あろう事かエンヴィーは手紙型爆弾をびりびりとちぎり始めた。

「ああー!!ーあ…」

彼女の叫び声はすぐに落胆の色を帯びて急降下していった。
見事な紙吹雪が、更衣室の湿った床に散る。
その一片一片には文字らしきものが見えなくもない。

「いーい?あんたくらいの年頃の男なんてねぇ」

片手で髪を掻き上げながらエンヴィーは言う。


「恋愛をくじ引きかなんかだと思ってんだから」

「…はぁ?」

…く、くじ引き?一体なんの話だ。

その言動は名無しさんには意味不明だった。


「だからーばんばん引いて当たりが出たらラッキーみたいな感じだよ」

「…」

この人に言葉で説明させたら駄目なのかもしれない、と名無しさんは思う。
この際ジェスチャーでもパントマイムでも(得意分野の)ダンスでも何でもいいから納得のいく解説がほしいものである。

「こんな手紙送りつけてどうこうなろうなんてさ。女々しいと思わない?大体さぁ…」

…くどくどくどと。
うーむ、何故急にこんな話をするのやら。
え、ていうかやっぱりさっきの恋文だったんじゃないのひょっとして!

名無しさんの目に光明が見えた気がしたが、ちりぢりになった手紙は床の湿り気にやられて文字が滲み始めているようだった。

…あああ。何故水性の細ペンなんかで書いたんだ。

嘆く名無しさんをよそに、エンヴィーはまだ一人でぶつぶつ言っている。
何か声を掛けてあげた方がいいのだろう。此処には聞き手が名無しさんしか居ない。
誰か来る前に帰るよう助言するべきなのかもしれない。

「あのー…よく分からないけど…男の子にも純情はあるんじゃないの?」

彼女としては、だ。
気の利いた事を言えた喜びさえあったのだが、エンヴィーは馬鹿にするように文字通り鼻で笑った。


…折角人が相手してあげてるのにこの態度!

「あぁ、あるよ。薄っぺらい奴がたーくさんね。だからいちいち相手にしちゃ駄目なの。分かった?」

言いながら、中身を抜かれて薄っぺらになった封筒をひらひらさせる。


…分かる?いや分からない。
ていうか横暴だ。

名無しさんはだんだん悔しくなってきた。

…気持ちが薄いかどうか?
じゃあ例えば、私が密かにエンヴィーの事ちょっといいなとか思っている、この淡い感情はどうしたらいいのだ。
気持ちなんてこれから大きくなるかもしれないじゃないか!

「人の恋心にけちつけて、自分はまともに人を好きになった事あるの?」

「な…」

「どうなの。ねぇ」

「…」

「ねぇねぇねぇってば」

「あーもううるさいなぁ!」

声を張り上げた勢いをそのままに。
名無しさんはエンヴィーにキスをされた。おでこに。
ゆっくりと離れていく彼の顔。

…接吻された。おお、なんかこの人瞳孔が凄いぞ。
妖怪絵巻にこんな感じの目の奴載ってた気がするよ。


「俺にだってあるよ」

「へ?」

「一つくらいなら、純情…」

そう呟いて、彼が不意に頬を染めるのだ。


「……」

名無しさんは黙り込む。
いきなりそんな風に顔を赤くされたら、それは彼女だって、恥ずかしくて茹で上がってしまう訳で。


「ねぇ、信じてくれる?」

「……」

せっかく気持ち良くトレーニングをして、さらさらのいい汗を掻いて、シャワーを浴びてさっぱりしていたのに。
名無しさんは変な汗を掻いてきた。
べたべたしてきた。




…ああ、誰か。
誰でもいい。八百の神様の誰でもいい。

どうか、より良い純情の見分け方を教えてください。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ