拍手御礼SS-log

□Peak
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いつものように職場に赴いた名無しさんは、人影の中に親しい同僚の姿を見つけた。
名前を呼んで手を振ったが、久々に見る青年の様子が常とは異なり、彼女はその瞳を瞬いた。





peak





「久しぶり。元気そうだね」

「おう」

「…ご機嫌だね」

「おう」

「ひょっとして」



「「彼女が出来た!!」」

二人は互いを指差し、ぴったりと声を合わせる。

「や…、やったじゃんハボーー!!」

「そう言うお前は?どうなんだ最近」

「実は私も最近彼氏が出来てさ!もう毎日最高だよ。えへへへへへ」

ぽわぽわと幸せボケ全開の抜け切った笑顔を浮かべた名無しさんに、ハボックは感慨深そうに溜息を漏らした。

「いや〜お前からそんな浮いた話聞くのいつ振りだよ。良かったなぁ」

「そっちだって今回は長かったじゃん。うう、良かったね、お互い…!」

これまでの道のりを思ってか二人してほろりとすると、うんうんと頻りに頷き合った。

「で、どんな奴?」

「どんな?えーと背はこのくらいでー…黒髪でー…目の色は赤くてー…あ、髪は長くてー…」

これから人相書きでも始めるかの如く、彼女は外見的特徴を並べていく。

「お、奇遇だな。俺の彼女も超綺麗な黒髪で、瞳はこれまた超綺麗な赤い瞳でさ〜」

「そうなんだ!黒髪で赤い目の人って珍しいと思ってたけどそうでもないのかな」

「いや、珍しいだろ。ひょっとしてハーフとか。そういや髪は黒いのに超色白だし…」

「そうそう、一点のシミも傷もなさそうな!」

「すげー色っぽくてさ〜」

「そうそう、色っぽくてー」

「ミステリアスな雰囲気で〜」

「うんうん」

「んでもって着てる服は〜…」

「「いつも黒!」」

「……」

「……」

「私達って異性の好みが近いのかな」

「だとしたら新しい発見だな」

「そうだね。あ、食べる?」

笑いながら、名無しさんは持ち込んだ菓子を取り出す。
ハボックは食べないらしく、一人で包みを開けて口に運んだ。

舌の上で砕けた菓子が、名無しさんの胸いっぱいに甘い香りを広げる。

…お菓子は美味しいし、同志とは新しい恋人の話で盛り上がる。
そして彼とは、次の休日にまた会える。彼の、彼女として。

何もかも最高である。


「それにしても印象まる被りだよね。実は二人は血が繋がってたりして」

「ははは、まさか。それは世間狭すぎだろ」

「だよねー。でもハボの超美人な彼女さんに会ってみたーい」













「で、貴方のターゲットはどれですって?」


「あれだよ。あのまぬけそうな顔してお菓子食べてる子」

若干余所見をしながらエンヴィーは言う。


「あの通り簡単に殺せそうだから情報を引き出してからにするよ。ま、碌な事知らないだろうけどね。
そういやラストの情報源って隣の男でしょ?世間って狭いんだね」

「そういうものだと人間は言うわね」

朝から軍施設の窓際には楽しげに喋る人の姿があり、それを見下ろす位置に彼らは居た。
エンヴィーは気だるそうに屋外に設置された手摺りへ寄り掛かっている。

「こうしてみると揃ってよく似たまぬけ面してるよねー。血も繋がってないのにさぁ」

「あら、類は友を呼ぶ、とも言うじゃない」

窓辺の男女は日の光に照らされながらずっと話し込んでいる。
鉢植えの花の様に仲良く並んだ2つの顔は満開たけなわ。
今日のあっけらかんとした晴天に似合いの、降水確率ゼロ%の満面の笑みである。

…一体どんな話してるんだか。
遠目にも蕩け切った表情の二人に、エンヴィーは気味の悪そうに顔を歪ませた。

いずれにせよ、この世で最もどうでもいい遣り取りをしているに違いない。
そう踏みながら男女を見下ろす。

すると、次には窓辺の女性がジェスチャーを交えながら演劇めいた事を始めた。
彼女は自分で自分の腕を引っ張って引き寄せている。

「何をしているのかしら」

それまで関心を示さなかったラストも、眼下で始まった奇行を眺める。

「……見てるこっちが恥ずかしいんだけど」

「え?」

エンヴィーにはすぐに分かった。
あれは自分と会った時の出来事の再現だと。

寸劇を終えた名無しさんは、今度は顔を赤らめて飛び跳ねている。

思わず笑いを漏らした。


…何がそんなに楽しいんだか。

自身の頭の重みに任せ、組み手の上でのんびりと首を傾ける。
体重を預かった鉄の棒はぎしりと軋む。

目の前に惜しげなく現れる、一目に幸福そうな、底抜けに明るい笑い顔。
切り取れば空虚な煌きを纏い、彼女はますます滑稽になる。
万人の為に用意された「最高の思い出」の例示の様だ。


「やれやれ。せめてもう少しましなソースになってくれないもんかねぇ」

冷えた鉄の欄干から片手を離すと、何気無く宙へ浮いた指が、遠い姿を仄かに指し示す。

黒い髪の波間に覗く両目が緩く細められる。

「…でなきゃあんた、次が最後なんだよ?」

微かな笑みと共に。
届く筈のない声は名無しさんに向けて投げ掛けられた。


頭上の人々の思惑をよそに、若い二人は幸せの絶頂にあった。

そうして昼を間近に上官に肩を叩かれるまで、延々と互いの恋人自慢を繰り広げるのだった。

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