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□Voice
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Voice


割れるほどの歓声の中で
新しくなれる事を夢見ていた。




「おめでとう!君は今この瞬間人類の新たな一歩を………」

隣の部屋が明るい。

奇妙な心地がした。

懐かしい、
そしてむず痒い。

そうだ、これは子供の時分の。
一旦眠りについた後、
真っ暗な子供部屋から、大人達の起きている
こうこうたるリビングを覗く時の感覚に似ている。




死んでいる事が暗黙の了解。





白々とした光の中で、
白衣を着た豚達が台を囲んでいる。
台の上には男がいる。
奇跡に立ち会えた感嘆と悦び、
呪いの様な祝福と狂気が

脂っこい熱となり充満している。




眼球を空気に触れさせたまま、ぼんやりと、
遠くに切り取られた白い四角い空間と、
目の前でぼやけている腕や足へ、
交互に焦点を合わせて遊んだ。

私はゴミ箱にいる。





「残念だったねぇ」

声が聴こえた。
自分より遥かに意識が明瞭な者の声。
子供の頃、一旦眠りについた後、
真っ暗な子供部屋から、大人達の起きている
こうこうたるリビングのドアを
開けた時の感覚に似ている。



「嫌になるほどこの先一緒なら、君の方が良かったんだけど」

男は何処から来たのだろう。
この部屋へ光を供給している白い四角が、
男のシルエットによって不完全になる。

「仕方ないよね、君は期待するしか能の無い
愚かで無力で無知で
おまけに運も無い無価値な人間(生き物)なんだから」

私を「無」ばかりで表現してけらけらと笑う彼を、
無感動に、無表情で見た。

どんな禍々しいものを詰め込んだら、
こんな綺麗な貌が造れるのだろう。

私は彼を全く知らなかった。
しかし彼は違った。

君は四つの時に、
引き取られた先の家で必死に謝ったよね。
あれは無い。

君はいつもいつでも
一生懸命で正直で糞真面目だったけれど、
建前や要領ってものを知らなかった。
かわいそうに。

そうして自分が何者かも知らず此処で過ごし、
今この部屋にいる。
なんて馬鹿なんだ、君は。


これまでの事、
私も忘れていた事。

まるで見ていたかの様に話す彼は、
私の過去どころか、
これからすら見聞き触れ知る事が出来るかの様な口振りだった。



「ねぇ。苦しいのかい?声も出ないほどに?」

「君の訊きたい事は分かっているよ。
どうして俺が此処に居るか、だよね」

数々の疑問を集約しても、それ一つには収まりそうにない。
でもどうでも良かった。
私は既に目玉と心臓と
呼吸器官しか生きている気がしない。
いいや、この耳だけは
私が死んでも生きていそうだ。

「ひとつ、試したくてね」

男はそう言うと、冷たい塊を軽やかに
私の額へ押し付けた。

垂直に立った四角い金属の塊が、
緊張した額と微々たる力くらべをしている。



「もしも。」

彼はもしもの話をした。

「もしも引き鉄を引いた後、君が運よく生きていたら、
新しい現実を見せてあげる。

君に…一緒に来て欲しいんだ」

男は静かに笑った。
其処で初めて目が合った。

男は懐かしむかの様な目をした。




深い、硝子文鎮を重ねた様な彩りの瞳。




私は、うっすら、
唇を開いた。





「…って言ったら君が凝りもせず期待するかどうか。」




すっごく知りたかったんだ、と。


奇妙に明るい調子で言った。
男の緊張は失われた。
至極残念そうに、または嬉しそうに、
男は「哀しい貌」をした。

既に懐かしむ様な目だった。


割れるほどの銃声の中で、
新しくなれる事を夢見ていた。



私は終始無声だった。

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