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□equal(another one side.)
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とまれ。



とまれとまれ。
とまれとまれとまれ。






心が千切れそうになるほど、
唱え続けていた。









equal(another one side.)








名無しさんはどちらかというと、人間という生き物を気に入っていた。
勿論、仲間の前で口に出した事はないけれど。

弱くて、気が優しくて、
どうせすぐ死ぬのに、小さなものに懸命にしがみついて。
可愛くて好きだった。
あの娘の事も、同じ様に思っていた。


だけど知ってしまった。

名無しさんが百年掛けても手に入らなかったものを、その娘はほんの少しの間に手に入れた。

彼女の存在が意味を持ってしまった。

彼女の顔、瞳、上向いた睫毛の長さ。
声、唇、喋り方。
皮膚、髪、指、爪の薄さ。

好きな物、嫌いな物、
癖、性格、こころ。
笑い方、泣き方、仕草、その一挙一動のすべてが。
あの娘の生き方も、これまでも、これからも。
彼女を構成する全てが意味を持ってしまった。


可愛くて
可愛くて
可愛くて
可愛いだけの、完璧な。

ただ只管、綺麗な存在になった。

「エンヴィーがあの子を好きなのだ」と知って、名無しさんはその娘が大嫌いになった。
彼女は名無しさんと何一つ似ていなかった。
比較する気すら失せる程かけ離れていた。
だから嫌いになった。


あの娘と名無しさんがほんの少しでも似ていれば良かったのだ。
そうしたらきっと名無しさんは少し誇らしい気持ちになって、
彼女が死ぬのを穏やかに待っていられたのに。



…いっそ、
私があの子だったら良かったのに。









それから、ずっとずっと名無しさんは彼女を見ていた。
まるでエンヴィーではなく、あの娘に恋をしているかの様に見つめた。
彼女が動く度、彼女の情報が自分の中で更新される度、気が変になりそうだった。



“これも、あれもそれも、「彼が好きなあの子」。”


…お父様から名前を戴いたのは貴方なのにね。
貴方は他人を嫉妬深くさせる力まで持っているみたいだ。
そしてその力はあの子にも備わってしまったに違いない。



彼女は病弱だった。
短い人の命の内で、更に短すぎる余命を宣告されていた。
そんな不幸も、名無しさんには彼女をより綺麗な存在にする為の設定に過ぎない様に思えた。

そう、苦しい事も哀しい事も汚い事も、
彼女の身に降るどんな悲劇的な事件も、演出に過ぎない。
名無しさんはそんなもの、ちっとも可哀想だとは思わない。


…だって、エンヴィーに想われているのだから。








そして昨日。



エンヴィーは他で仕事中だったから知らなかったが、名無しさんは彼女の容態の急変を知った。
命はまだあったけれど、医者が家族に告げた残り時間は、あと一日だった。




あと、一日。







名無しさんは愕然とした。



“とめなくては。”

…そうだ、とめなくては。
あの子が永遠になってしまう。
そんな事は許せない。
唯の人間の癖に、このまま一人だけ彼の永遠になるなんて。









だから。



だから寝ているあの子にナイフを立てた。














紅蓮の炎に包まれていた。
爆弾狂から名無しさんが譲り受けたそれはとてもよく出来ていた。
この上なく丁度良い規模だった。
お陰で劇的な最期が完成した。

見事なバランスで形を保っている、崩壊しかけたお洒落な吹き抜けの家。
燃え盛る炎の中で徐々に亡骸になる“あの子”。
抱き締めるエンヴィー。

こうして名無しさん自身もまた、
少女の真っ白な花みたいな美しい人生の演出に華を添えなければならない羽目になったが、そんな事は構わなかった。


…私も、今日、彼女と一緒に永遠になる。


流れ切って絶えた血の中で。
危険な状態にあるこの場を離れようとしない彼の、その後ろに名無しさんはふわりと降り立った。
綺麗な長い黒髪の横の、名無しさんの大好きな輪郭が、首筋が、炎にちらちらと照らされていた。
それはぴくりとも動かない。

今この時に理由を訊かれた時の為に、名無しさんは此処へ来るまでの間に説明を考えてきたけれど。
本当は知っている。


エンヴィーが名無しさんに理由を訊く事はない。



二人の間で、一際大きな音を立て、一本の支柱が焼け落ちた。

エンヴィーは振り向く。
その瞳はゆっくりと、凍てついた彩で轍を描く様に動く。




名無しさんは笑う。


…此処で死ぬも良し。
続いていくも良し。
どちらでも構わない。

等しく永遠になれるなら。





エンヴィーの腕の中に、瞳を閉じたあの娘が見えた。
どろどろに赤いのに、変わらず綺麗な存在の少女。
だけど名無しさんはもう怖くない。


…貴女はそれですべてだ。
もう永遠に変わらない。

名無しさんは彼女に微笑みかける。


…本当はそっちの役が良かったんだけど、仕方ないから。
彼の永遠の愛は貴女にあげる。


細く小さな身体が、エンヴィーの手によって、そっと地面に寝かされる。

瞳を閉じた目蓋、長い睫毛。
淡く開いたままの幼い唇。
何をも知り得ぬあどけない面。

盗み見た“あの子”の死に顔は、やっぱり美しかった。


名無しさんの目の前で黒髪が揺れる。
この世のものとは思えない、美しく残忍な瞳と出会う。

名無しさんは笑う。
待ち合わせをした恋人と会った時みたいに。







…とまれ。
待ちきれないから早く。
すり抜けぬようこの手の中に。


私があの子でないなら。
貴方の想いが永遠に続くというなら。

何もかもがもう、
戻らないなら。






せめて、
貴方の憎しみだけでも。

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