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□Fess
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花が好きだと、言っていた。


「はながすき。」

思い出した瞬間にも、つまらない凡庸な響きに笑った。







Fess








この街を、明日去ろうって時だった。
そういえばと思い出してそいつの家に行き、
そんな訳でさよならだからと告げた後、何となく訊いた。

「あんたさ、なんか欲しいものとかないの」

別にこいつに物をやる義理なんてなかったけど。
一度去ればもう、そうそうこの街に来ない気がしたからか。
加えて、各地点々としていると何でも手に入りそうな気がするからか。


「欲しいもの?うーん」

いきなり珍しい事言うのねと、何故とは返さず名無しさんは首を傾げる。
これといって生きる上で欲も願望も無さそうなこいつにも欲しい物なんてあるのかな。

「じゃあ、お花がいいなぁ」

そんなのんびりした調子で答えが返ってきた。

…はな。
これはまたこの上なく無難でどうでもいい物を要求してきたものだと思った。
ムカつく奴の首取ってこいとか言うならまだ感心するものを、花って。

「ねぇ、そんなもん本当に欲しいわけ?」

「なんで?私お花好きだよ。綺麗だし」

花は、綺麗だから好き。
きっと疑う余地もない事なんだろうね。
でもあんたが生まれた時から他の人間が口揃えて言う事だもの。
そう思い込んだだけかもよ?

「それにね、エンヴィーがお花持ってるとこ見てみたいな〜と思って」

そんなのなかなか拝めないもの、と名無しさんは無邪気に笑って、
俺が花屋で商品を物色する姿を想像するだけで笑える、というような趣旨の事をほざいた。
花を贈るとなれば確かにそうなるよね、一般的には。
じゃあ何。こいつはこの俺に何処ぞの節操なしみたいに花屋で薬物まみれの植物買ってきて、
その上で紳士を気取った両手で差し出せって言ってるのか。
そんな気味の悪い事するくらいならその辺の草毟って投げてやりたいね。

そう、省みられない雑草で埋め尽くして、
誰からも見えなくなるまで埋没させたらどうだろう。
俺は想像した。
冷たく乾いた風の行く空と草野原を。
この地の上で瞳を閉じた間抜け顔はおろか、首も腹も両足も、
白緑、群緑、裏葉、鶸や萌黄で埋め尽くした時、
その草生す陰の間へ、白い花がすらりと一本立っているのを。


静々とした草の中に浮かぶ青白い手を。






その時、名無しさんがくすりと笑う声がした。

「覚えてたらでいいよ」

「は?」

「だから、エンヴィーが遠くに行って、それでもこの街や私を覚えてたらでいいよ」

この先、約束を思い出す事があればでいいからと。
いつもの緩々とした笑みが鼻についた。

あんたにしては名案だと返して、俺はそのまま街を出た。





花は綺麗で好き?


花は気に入らない。
当然みたいに柔らかな花弁を開き連ねて、
剥けば舞い落ちるだけでとらえどころがない。
おまけに枯れたらみっともないから。
こんなものを慈しむ人間の気が知れないね。
でもあんたが言うならまぁいいか、と思って。

こうして、わざわざ足を運んだわけなんだけど。


「…せっかく来てやったってのに」

街の通りや家並みは多少姿を変え。

名無しさんは居なかった。
長らく忘れてはいた。無理も無いと思う。
あんな緩いどうでもいいような約束だったし、
平凡な、何処にでもいる人間だった。

石碑の前に屈んでみるが、薄目で味気ない石の表面を眺めるのがせいぜいだった。
寿命が終えるほど経った訳でもないのに既に墓の下とは。
刻まれた文字の窪みを読むのも億劫だった。

流行り病で先月ぽっくり。なんと呆気ないものだ。
きっとあいつは鈍間だから死に追いつかれたに違いない。


「やれやれ。どうすんのさ〜これ」

何処までも期待外れだ。
花なんか、くれてやったって枯れたら捨てるんだろって。
苛めてやろうと思ってたのに出来ない。
おまけに手渡すどころか墓前は真新しい花束でいっぱいで置き場がなかった。
大小様々な花が犇き合って、ちょっとした花壇よりも豪華だ。

「……」

緩やかな、湿っぽい風が吹く。

俺は一つ息をして立ち上がると、所狭しと占領している花の束を足で蹴散らした。
そして自分の持ってきた花の首をぶちぶちと引っこ抜いて花弁を千切り始める。

「あんた、まさか他の奴にも花くれって言ったんじゃないよね」

ぼろぼろと簡単に分解し、無数の花が散っていく。

「もしそうなら殺すよ?あ、もう死んでんだっけ。まったくもうほんとにあんたは…」

毟られていく花の向こうに見えたのも花だった。
横たわり散らかる大量の草花の束。
視界を侵す色とりどりの花の群れと、鮮やかなリボン。
手書きのカードのような物も包装から飛び出ている。


沢山の人間に慕われていた証。



あーやだやだ。こういうの気持ちが悪い。
自分がいいと思う物が不特定多数の他人と一致してるなんてさ。

無造作に残りの花を千切り、その場にぶちまけた。
ひらひらと、不安定に翻しながら落ちていく。
思わず笑った。
無作法な行為の最中でも、あいつは蹂躙された素振りを見せなかった。
思い出すのはいつもの呑気な笑顔だった。


「一度くらい、独占してみたかったかもね」

最後に一言呟いて捨てて、
終わりのひとひらが指から離れたら身を翻した。




綺麗だと言おうものなら、有り触れて、
つまらないものにすら思えた。
それでも綺麗だと思っていた。



共感なんて要らない。

他の誰が否定したって俺には綺麗で仕方ないと、誇ってみたかった。

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