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□Clock
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酷いお伽噺だった。


一体何の魔法が掛かってしまったのか。
分からなかった。

君は優しいと彼は笑った。
その言葉に、内心で首を傾げるだけだった。







Clock







広場の中心にある大時計の前で、名無しさんは待ち合わせをしていた。
街のシンボルでもある時計塔の周りはいつも人で溢れていて、
名無しさんの他にも待ち人をする人々が大勢集まっている。


後ろに聳える大時計を振り返って時刻を確認する。
待ち合わせの時間までまだ少しある。
近くには寄り掛かる物もない。
人混みの中に立っているのも落ち着かず、
名無しさんは塔を囲むように設置されたベンチの一つに腰掛けようとした。


「危ないよ」

その時そんな声が聞こえて、名無しさんは唐突に腕を引っ張られた。
驚いて見上げた先に居たのは待ち合わせの彼ではなかった。
知らない人が名無しさんの手を掴んでいた。

「え、あの?」

「ほら、座ったら大変だよ」

首だけで振り返ると、ベンチに張り紙が一つあり、
雑な字で『ペンキ塗りたて』と書いてある。
お決まりの文句だが、実際そう書かれたベンチを見るのは初めてだった。
思わず名無しさんの顔が赤くなる。

「す、すみません。ありがとうございました…」

彼の言う通り確かに危なかった。
デート目前、公衆の面前という状況で、
危うく古めかしいお約束の惨事に見舞われるところだった。

「君も待ち合わせ?」

頷きながらいつの間にか隣のベンチまで誘導されていた名無しさんは、
促されるままに腰掛ける。
此処いつも人多いよね、と同じベンチに座り込む青年にぎょっとしつつ、
これだけ周りに目があるのだしと彼女は落ち着きを取り戻す。

「そうですね。観光客の方もいますし、からくりとかお好きな方なら…」

「俺の知り合いにもいるなぁ。そいつは自分で作るんだけどさ、
時計仕掛けのおもちゃなんかも好きみたい」

「遊び心のある職人さんなんですね」

どんなおもちゃなのだろう。
想像すると名無しさんは楽しかった。
悪戯好きではあるねと彼も笑う。

「俺も短時間で終わるゲームって好きだよ。気が短いから」

今度はにこりと軽く笑う。


…少し怖い、かもしれない。


「そう、ですか」

名無しさんのぎこちない態度に気づいてか。
くすりと笑う気配がした。

「ねぇ。君さ、やさしいって言われない?」

「?」

「こんなところ彼氏に見られたら怒られちゃうかもね」

話に付き合ってくれるのは嬉しいけどさ、と言われて名無しさんは少しはっとする。
そろそろ待ち合わせの時間だ。
知らない男の人と相席している姿を見られたら気まずいかもしれない。

それにしても、どうして待ち合わせ相手が分かってしまったのか。
名無しさんは、ちらりと自分の服装に目をやる。
普段どおりの普通の格好だ。
もしかしてデートの気合いみたいなものが出ているのだろうか。
そうだとすればかなり恥ずかしい。


「さっきから、どうでもいい会話してるよね」

不意に、視界の隅で彼が立ち上がる。
そして時計の針を見上げて背伸びを一つ。

「もうこんな時間か。そろそろ帰ろうかな」

「いいんですか?」

人と会うのではなかったのか。
名無しさんの疑問に青年はにこりと笑う。

「いいんだ、またいつでも会えるから」

「そうなんですか。あ、じゃあその方の特徴教えて貰えますか?
もしも見掛けたら…」

言いながら、名無しさんは間抜けな提案だと自覚する。
なんで舞い上がってるの?
そんな自分の声に気づいてうろたえる。

「君が断っておいてくれるって言うの?あはは、ほんとに優しいね」

彼は苦笑した。
名無しさんは初めて見る表情に嬉しくなってしまう。

…男の人だけど綺麗な人だ。


「…でも駄目だよ?」




「そんなだと君、これからも俺に苛められちゃうよ」




時が、止まった気がした。

何を言っているのか、名無しさんは今迄で一番よく分からなかった。
名無しさんから疑問の声が漏れるよりも早く、彼は「じゃあね」と手を振り背を向ける。


青年と入れ替わりに、彼女の名前を遠くから呼ぶ声がした。

待ち合わせをしていた恋人が駆けてくる。
名無しさんがほっと息を吐いたのは一瞬だった。


「早く解除してくれ!!」

到着した彼の第一声はそれだった。
蒼白した顔で捲し立てられ、名無しさんには何がなんだか分からない。

「爆弾だよ!どうしたらいいんだ、解除方法知ってるんだろ!?」

突然彼の前に錬金術師を名乗る男が現れ、彼の身体を爆弾に変えてしまったのだと言う。
まるで魔法のような響きで現実感がない。
それでも彼からチクタクと音がする。
術師は彼に、名無しさんのところへ行けと命じたらしい。


だけど名無しさんは何も、知らない。


「も、もう時間が…っ助けてくれ!」

彼が腕に巻かれた簡素な腕時計を外そうとした。


その時、大時計の鐘が鳴った。


鐘の音と共に可愛らしい人形達が飛び出して、くるくると動く。
忙しくもゆっくりと踊る。


名無しさんの視界が真っ赤に染まる。



鳴り続ける鐘の音と悲鳴。



魔法が解けたような光景。









見た事も聞いた事もない、酷いお伽噺だった。

一体なんの魔法が解けてしまったのか分からなかった。


だけど。

何故か分からないけど、あの人の言った「やさしい」が、
今はどうしても、「易しい」としか再生されない。


来る時を告げる鐘が鳴った、あの時からずっと。






時計仕掛けの魔法が解けたように。

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