SHORT(お題消化 全6)
□人間未満
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「こんなのあったっけ?」
彼女の手を取り、彼は言った。
慌しい夕刻、突然家に上がり込んでソファーに陣取ったかと思えば、有無を言わさず密着する様に隣に座らされた。
「近過ぎる」と言うのに一切聞く耳を持たない。
そしてめざとく左手の甲に肝斑を見つけた。
つい最近、料理中に油が跳ねて出来たものだ。
自分自身、気にはしていた。
彼は所有物に醜い傷でもついたかの様に、落胆顔で茶色く変色した皮膚を撫でた。
ああ厭だ。
一番不快な瞬間だ。
不機嫌になってかたく唇を結ぶと、今度は「その顔は嫌だ」と言い出した。
「笑ってよ。いつでも笑っててくれないと嫌だ」
これ以上腐った科白吐かないで欲しい。
「何か言いたそうだね。」
なのにいつも何も言ってくれないと、此方のそれが伝染した様にふて腐れた顔をする。
不満を言いたくとも言えない。
だって、自分が望む程度の甲斐性がこの青年にあるとは到底思えない。
「好きなら好きって言えばいいのに」
「死ねば」
恨みを込めて一言。
これ以上腐った科白吐かせないで欲しい。
「うわぁ…可愛くない…いつからそんな子になったの…」
生憎彼と違い、ナマモノは腐ったり傷んだりするものだ。
文句は言わせない。
私を此処まで腐らせたのは彼なのだから。
横から聞こえる喚き声に耳を塞ぎ、至近距離で覗き見て来る瞳とは目も合わせてやらない。
観たければ其処で永遠に観ていればいい。
彼が見物客でいる限り、私はプライドの高い人形に徹する。
そして何一つ許してやらない。
「ねぇ、いつになったら好きになってくれるの」
不意にそんな問い。
会う度に訊いて来る。
いつまでも恋人未満扱いなのがよほど気に食わないらしいが。
冗談じゃない。
自分なんてずっと人間未満扱いで文句も言わないでいるのに。
「ちょっと〜無視?」
此方の科白だ。
拒絶しないで。
無視をしないで。
火傷する私もグロテスクな私も認めて。
それが出来ないのなら、染みの付いた「汚れた人形」などさっさと棄ててしまえ。
堪らなくなって思い切り睨み上げると、何故か隣の口が笑った。
「うん、やっぱり人間はあんたくらい元気が良くなくちゃね。今すぐ殺したくなるくらい」
手に入らないものほど縛り甲斐があるとも彼は言った。
どうやら今日も気づかないらしい。
溜め息を一つして。彼の隣から抜け出して台所に立つと、中断していた調理を再開した。
そして居間から聴こえる不満の声に時折耳を傾けながら、今日も淡々と一人分の夕飯を拵えていた。
彼はいつになったら気づくのだろう。
もしかしたら今すぐにでも、
手に入るかもしれない事に。
はやくはやく、
欲しいと思うなら人間扱いして。
〜END〜