SHORT(お題消化 全6)

□継続
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拭えない闇の中。
躊躇いなく触れた自分を愚かしく思う。






先に続くのは悪夢か。
それとも…。















あれから一ヵ月が経った。

覆い茂った木の葉達が侘しさを隠し切れず、派手に彩っては落ちていく。


深まる秋は痛く上品。
澄み渡った秋の空は強く抜ける青一面。
今日も見事な秋晴れで、沢山の人が行楽に出掛けている。
勿論恋人達も、出掛け日和の天に誘われて。




ふわりと翻すスカートが、地面すれすれで草の頭を撫でる。
その日名無しさんは恋人と川沿いに設けられたカフェでお茶を楽しんでいた。少し肌寒く感じるが、真昼の陽気がうまくカバーしてくれている。


赤、朱、山吹、橙、
緋色深緋、黄に茜。

川沿いの散歩道は遠くまで続く色とりどりの紅葉が目を奪い、美しかった。
そして、舞い落ちる葉と共に秋風に揺らぐ黒に、誰かが目を向ける事は無かった。

紅葉の中に強烈なコントラストを生みながらも、闇に紛れ人混みに溶け込んでいる。




はらりと。
目に掛かってきた落ち葉を彼は指先で払う。
代わりに頬に張り付いた髪が視界を乱し、エンヴィーは僅かに目を細めた。







…未だ、名無しさんはあの時の事をおチビさんに話していない。

今もこうして目の前に居て、あいつの傍で笑っている。
まるで何事もなかったかの様だ。


「……大事な恋人には一切秘密って訳」

呟いた言葉が鼓膜を震わせる。

名無しさんは結局誰にもあの日の事を話していなかった。
人間の世界ではそういうのを泣き寝入りと呼ぶが、あの子の場合はそうとも言い難い。
あんな仕打ちを納得して受け入れるなんて普通あり得ないが、あの子ならそうしかねない。

少なくとも誰にも打ち明ける気は無いらしかった。




名無しさんはなんら変わりなかった。
表面上は。
落ち着いた様子でおチビさんの目を見て、柔らかな笑顔で笑う。
だからおチビさんも変わらない。
全てが不自然なくらい穏やかだ。

柔らかな笑みは確かに名無しさんの人間性から来るものかもしれない。
向かいに座るあいつの目にもそう映ってる。
だけど、あの微笑は薄い花弁の繊細さに似て。
あいつも俺も、あの子の消えそうな儚さと憂いに透明度を見ているだけかもしれない。


名無しさんは時折目を細めて微かに苦悶を匂わす笑みを浮かべる事がある。
そうやって一人で抱え込んでるのが周囲の人間の前で透明度を保つ為の手段に見え、逆に不純に思えた。
負の感情を出さず静かに上を向く。
あの笑顔を見てるとこっちの息が詰まる。




そんなに好きなの。
そこまでしてそいつと一緒に居たいの。



仕事以外で溜め息を吐くなどそう無かったが、この頃はあの子を見る度に憂鬱になる。

だったら近づかなければいいのに、無性に顔を見たくなる。




不意に、二人の笑い声が聴こえた。

名無しさんは笑顔を絶やさない。
あの笑顔を眺める内に、何処までも汚い俺の中にどす黒い感情が芽生える。

…なんで其処で、そんな風に笑ってるの。

腹の底から滲み上がる熱が背筋を上る。
おチビさんの姿を見れば同時に頭がジリジリと焼けつく気がして。





あぁ。
どうせならもっと。




徹底的にぶっ壊してやれば良かったよ。





壊せば良かった。
変に甘いオブラートみたいな、あの笑みを作れなくなる程。




傷つけて後悔してるのにそう思う。
何故って君が毅然としているから。
君があまりに強く、綺麗だから。


それでいて、
何処か儚げで見ていられないから。






君の笑顔を、俺が歪めている。
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