SHORT(お題消化 全6)

□継続
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俺の声に名無しさんは一瞬肩をびくつかせて。
顔を上げると同時に口を結ぶ。
そして曇りの無い瞳で真っ直ぐこちらを見つめてきた。


「久しぶりだね」

「…もう、会う事はないと思ってた」

…そうだろうね。
俺もそのつもりだった。


「何しに来たの」

すぐ傍で響く名無しさんの声は懐かしくて。
こうして対峙していると不思議な心地がする。
まるで鮮やかな夢幻に捕われた気分だ。

あんな事があったのに直接向かい合ってみるとさほど違和感がなく、意外だった。


「まだ何か用があるの?」

臆する事のない瞳。
其処にあるのはやはり怒りでも憎しみでもなく。
静かに見守る様な、こちらの存在を許容する様なそんな眼差しが冴える。


変わらず透明な。




「何も無いならもう行くわ」

ついその瞳に見入ってると名無しさんが背を向けるのが見えた。

俺は、目の前を横切ったその腕を思わず引き寄せて。


「や…っ!?」

触れた瞬間、まるで重大な戒律を破ったかの様な逸脱感を覚える。
もう二度とないと思っていたのに。
それすら自らの底知れない情動に裏切られる。

名無しさんの上げた小さな悲鳴に酷く掻き乱される。



「っ…、放して…」

その声は冷静だった。
俺の腕を解こうとする華奢な指。
これを守りたいと思う奴は少なくないのだろう。


「名無しさん」

「…?」

「あいつと別れて俺の所に来なよ」

緩めた腕の中で小さく揺らぐ瞳。
唖然と見上げてくる君の視線に、俺はありもしない余裕を装って笑う。
別にこんな事を言うつもりなかったけど、今更後にも引けない上、押し込めていた本心が混じっていた。



欲しいなら奪えばいい。
交渉なら脅すのが手っ取り早い。


今も君は綺麗。
だけどどんなに綺麗なものに触れても、結局俺は俺でしかないようだった。


「無理よ、そんな…」

「一つ、いい事教えてあげるよ。おチビさんが弟の身体を取り戻したがってるのは知ってるよね?」

「…。貴方こそどうして知ってるの。エドの何なの?」

名無しさんは厳しい表情で問うてくる。


「平たく言うと敵だね」

「敵?」

「そ。あの子が動く事で俺達の利益にも不利益にもなる。邪魔になったって理由さえ添えれば殺しても上には咎められないんだよ」

「…な…っ」

「大事でしょ?あいつの事」

残酷に囁けば透明な瞳が鋭利な硝子みたいに輝いた気がして。
それがあの笑みと同じくらい弱々しくて意外だった。

幾ら気丈に見えてもこの子だって只の人間なんだから当たり前なんだけど。




透明な物にも、影は落ちるのか。




「分かったわ…」

だからもう放してと名無しさんは俯く。

「次に名無しさんがおチビさんと会う時、迎えに行くから」

名無しさんは少し遅れてこくりと頷いた。
取り乱さず応じた強かさに彼女の真骨頂を見つつ、その身体を解放した。
その後はもう一切こちらを見ず足早に歩き始める。


風に靡く髪。
簡単に折れてしまいそうな四肢。
乱したいとか手に入れたいとか、腕の中に閉じ込めたいとか。

そういう願望と相反するこの感情。
広がる淡い痛みに翻弄されながら、
持て余している感情。


愛しくて、始末に負えない。



それでも気づけばまた苦しめてる。
なんで傷つける事しか出来ないのだろう。
答えは簡単だった。
俺が俺でしかないからだ。


今も俺は、こんなやり方しか知らない。



振り向かないと知りながら、俺は暫く名無しさんの後ろ姿を見つめていた。
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