見て、あの月。
滴りそうに赤い。
それだけで人は
妙に胸が騒ぐものなの。
退廃的なその緋色は
夕方にはもう空にあった。
化け物が通る、刻の手前に。
百鬼夜行
目の前に広がる空が赤くて。
あの林はますます黒くなっていく。
それが怖くて。
僕は帽子の縁を押さえて深く被り直した。
「名無しさん君じゃないか。何してるんだ、早く家に帰りなさい」
農作業をしていたその人は、僕を見て驚いたように言った。
「分かってます。あの…、兄を見ませんでしたか?」
「…いや、見てないが。どうかしたのかい?」
「もうじき夕方なのに、帰ってこないんだ…」
「そいつは心配だな。早くみんなに知らせねぇと」
薄気味悪い日だった。
夕方になって空気が冷えてくると、空が血の様に真っ赤に染まったのだ。
そして夕方前には戻る筈の兄さんが、一向に帰って来る気配もなくて。
僕は居てもたってもいられず、家を飛び出した。
村の人々と捜索を始めると、「だから言っただろう」「夕方には、黒い林に棲む化け物が人を攫っていくんだ」などと囁く声が聴かれた。
その人達も、過去に身内を失っていた。
日暮れまで捜し歩いたけど、子供だから危ないと村の大人達に言われ、家に戻って発見の知らせを待って。
その日はそのまま、眠れずに夜を明かした。
そして次の日も、そのまた次の日になっても、
兄さんは帰ってはこなかった。