SHORT(お題消化 全6)

□連鎖反応
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今日の午後二時頃、ターゲットを刃物で刺し殺す。
あとは借り物の姿で現場から不用意に立ち去るだけ。

それが仕事の全容だった。



女は怯えるでも逃げるでもなく突っ立っている。時折目にする人間の反応だった。
受け入れ難い事実は奴等の脳になかなか浸透しないらしかった。


的とすべき相手と向き合い、僅かに首を傾ける。



想定外の「証拠」は要らない。



次の瞬間にはその身体が吹っ飛んで、後ろの煉瓦造りの壁で激突死するだろう。


「運が悪かったね」

一言告げて、一気に間合いを詰めた。


さよなら、何処かの誰かさん。死体は綺麗に片してあげるよ。






「!」

何かがおかしかった。

一発入れば死ぬだろうと出した拳が、相手の翳した掌に掠った瞬間だった。
その異変に素早く後退し、見れば、俺の指数本の先端が凍てついていた。


相手に目をやると、その手には錬成陣の描かれた布切れが握られていた。


「…驚いた。あんた錬金術師なんだ?」

それに、そこそこ戦い慣れている。
そう感想を述べると、女はただ、静かに笑った。


「これで軍人ですからね」

言って、薄手のワンピース姿で華奢な腕を構える。


国家錬金術師だったのか。
だけど見覚えはなかった。全くのノーマークだ。



それにしても。


「軍人ねぇ。あんたに人が殺せんの?」

小さな素手を構えたその人間の腕は、軍人にしてはあまりに頼りなかった。
容姿と中身がちぐはぐして不恰好だった。


しかし、馬鹿にしきった俺に対し、女はくつくつと笑いを漏らした。

いやに鼻につく笑いだった。


「何さ」

「ああ、すみません」

可笑しさを引き摺った表情が、やけに印象的だった。



「私はね、人を殺したくて軍人になったんですよ」

肩まで垂れた髪が、僅かに風に靡く。

あどけなさの残る容貌でありながら、目と口が有毒の艶を帯びて密やかに笑む。




珍しい人間がいたものだ。





ぞくぞくするくらいの、


純粋悪。








「あんた、名前は」

気づくとそう尋ねていた。

然したる理由もないが、不意に、この女と戦うのが馬鹿馬鹿しくなった。
髪を緩く掻き上げて緊張を解くと、相手も構えていた腕を下ろした。


「それなら貴方からどうぞ」

「…エンヴィー」

「フルネームは教えて頂けないのですね。私は名無しさんと申します。よろしく、エンヴィー」


ご丁寧に名乗り、死体の頭上で握手まで求めてきた。


おかしな人間だった。
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