或る日曜日、或る広場にて。



俺は不機嫌だった。

休日の今日、広場では大小様々な催しが開かれ、露店も多く出ていた。
加えて、天気が最高に良かった。
あまりの人出と、その喧しさに頭がどんどん重くなる。

今すぐ、この場で全員賢者の石にでもしてやりたいくらいだ。

「…鬱陶しいなぁ…」

「ねぇねぇ、エンヴィー」

ごく小声で呟いた時、名前を呼ばれた。
自分には連れが居た事を思い出す。


「今日天気良くてよかったね!私、晴れ女なんだよ!」

「へぇ。そうなんだ」

俺は装った穏やかさを返して、にこりと笑ってみせた。








leak






晴れ女だって?
下らない。
それじゃ空が真っ青に高くて、何処も彼処も虫けらだらけなのはお前のせいか。

そう思って見れば、相手は上目遣いで俺の顔をじろじろ見ていた。
…違う。見つめていた。


「何?」

「あのね…」

「?」

「その…、あの〜…」

「……。」

視線が定まっていない。
言い辛い何かを言いたそうに、もじもじとしている。
俺は心中で思い切り眉を顰めた。


「早く言いなよ」

気づくとぶっきらぼうに答えていて、これは仕事だと自身に反省を促す。


「あのね。手、繋いでもいい…?」

控えめにそう言うと、俺の“彼女”は短い動作で小首を傾げる仕草をした。

「……。」

自分の彼女からの、
“初めての可愛いおねだり”。

これが本物の、付き合い始めの人間同士なら。

…どうだっていうんだよ。

生憎俺は偽物で、この女幾つだっけと内部資料の記憶を掘り返していた。
ぱらっと読んだだけだから覚えていない。

「なんだ、そんな事?早く言ってくれればいいのに」

言って片手を差し出すと、その手を一瞥し、次には淡く握ってくる。

あまり経験が無いのかな、なんて小馬鹿にしてみる。
この様子じゃ男を退屈させた上、騙されたり遊ばれたりしてそうだもんね。

今一緒に居る俺だって情報収集が目的で。
こいつの事なんか心底どうでもいい。

今日も役に立たなかったら殺しちゃおうかなぁ。
軽々と考えて僅かに胴体を捻ると、片方の手の先が重かった。
他人と手を繋いでいる事を俺はもう忘れていた。
変に放置されているのに、俺の“彼女”は口元で笑んで律儀に待っている。
思わず鼻から空気が抜けた。

馬鹿だなぁ。犬みたい。
ぼんやりとした俺の嘲りを余所に、目が合うと、女はへらりと笑った。


「えへへ、嬉しい。」

「……。」

手、繋げたと言わんばかりの笑顔。

こいつ、もし演技なら思ったよりあざといな。
いっそその方が面白いかもしれないけど。
だけど照れ臭そうに笑う姿はそれ以上、俺に疑う余地を与えなかった。

きらきらして、あちらこちらで分解しては虹が飛び散る様な、そんな真っ白な日。
相手が身動きすると、繋いだ手の先が不安定に揺れる。
楽しげに笑む瞳が、太陽を映す。





いっつも笑ってるよね、あんたって。





「ねぇねぇ、あっちの広場行ってみようよ!」

「あ、うん」


…まぁ、男慣れしてる奴より扱い易いからいいか。

俺は誘われるまま、引っ張られて歩き出していた。













歩きがてらでもいいだろうし、何もせずに座っている時でも、食事の時でもいい。
話す機会は幾らでもある。
それでも結局、夜になっても有益な情報は欠片も引き出せていなかった。
持っているものをありったけ、こっちは早く知りたいのだ。
その点、時間を割いてだらだら付き合うラストの気が知れない。

「…仕方ないなぁ」

電飾に染まる道で、そう呟く。
先を歩く女の背の、上着の中央線を見据えた。

関係を持続させる必要など無いのだから、脅して吐かせた方が早い。

女は鞄の中身を弄っている。
土産物を買い込み過ぎて、提げるのに納まりが悪いのが気になっているらしい。

その時だった。
神経を研ぎ始めた俺の、足元に向かって白い物がぱらと舞い、地面に触れた。


「なんか落ちたよー?」

中折れ気味の紙を覗き込み、俺は思考を止めた。
それは、ラストの似顔絵だった。
ガキの絵みたいな歪な線に反応が遅れたが、描かれた人相は確かにラストだった。

「わわ、落ちた!」

女は慌てた様に屈んで、絵を拾おうとする。

まさかラストを知っているのかと警戒した矢先、女が拾い上げた紙の下からもう一枚紙が出てきて、ぽとと地面に落ちた。

これまたガキが描いた様な、だけどそれにしては妙に押しの強い、いやに自信満々な明るい絵だった。

「……」

紙の上には、平和そうな間抜け顔。
多分それは俺で、周りはショッキングピンクのハートだらけだった。
女は顔を真っ赤にし、今度こそまとめて紙を拾い上げると、素早く後ろ手に隠した。

「こ、これは、友達と喋ってる時にふざけて描いて!」

「ふうん」

…ああ、それあんたが描いたの。
どうりでまぬけな顔だと思ったよ。

「もう一枚の絵の女は?誰?」

「その友達が描いた…友達の彼女さん。前からその人とエンヴィーが似てるって話してて、お酒飲んでる内に、じゃあお互い描いてみよ〜って、ノリで…」

女は、ラストに会った事は無いと言った。
そりゃそうだろ。

「どうでもいいけどさぁ…、なんだってそんなもん持ち歩いてんの!?」

俺は全くの素で喋っていた。
一目見たあの絵を苦々しく思う。
あんなのでも見る奴によっては十分やばいんだけど。

二枚とも下手糞だが、やけに俺達の特徴を捉えている。


…だてに本気で恋人やってないな、こいつら。


「エンヴィーに見せようかと思って持ってきたんだよ〜!描いてみたらやっぱり似てるって盛り上がったから。ね、似てるでしょ?」

「…何処が?」

「え、二人とも長い黒髪だし、服装とか。あ!あと雰囲気とか!それに目が…綺麗なとこ、とか……」

暗がりで見上げてくる女の、その笑みが、何処からか消えていく。
相手の目線が彷徨っても、俺は目を離さなかった。





…もしもこれが、
本物の恋人同士なら。





腕を引き、腰を引き寄せて口を塞いだ。
そのまま、閉じ込めて益々口づける。
そうしていると、意外にも早い段階で俺の首に両腕を絡めてきた。

こいつ、手を繋ぐ時より今の方が落ち着いてない?
俺の気のせい?


…なんだよこのなんとも言えない心地。

途中で解放してみると、それなりに上がった息が、暗がりで微かに白く揺らいだ。
上向いている女の顎が下がらない内に、手を添えて囁く。

「俺と付き合ってる癖に、他の男と酒飲みに行くなんて、ねぇ…?どうしてやろうかなぁ」

唇の中腹を人差し指でなぞり、もう一度その口を塞ごうとした。

「えっ、なんで男って分かったの!」

「…っ!?」

俺は一瞬ぎくりとしたが、すぐに平常に立ち戻った。

「いや、『友達の彼女』って言ってたじゃん。フツーは…」

「あ、そっか」

こいつ天然なのかな。それともわざと?

女は俺の指から逃れたところで、紅潮した顔を逸らしていた。
照れ隠しって線も無い事は無いけれど。

…まぁ、どちらにせよ。

俺は軽く笑った。
どちらにせよ、誘ってるようにしか見えないんだから仕方ないよね。
余裕があるのか無いのか、そんなのは試せば分かる。

「そういえば、その目って自前なの?」

急にとぼけた質問をしてきても、無駄とばかりに俺は笑ってみせる。
首尾よく、相手の手首をするりと両方掴む。
いつもいつも、お得意の抜けた調子に男が付き合うと思わないでよね。



「その話は後で。…尋問はこれからだよ」






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変身もせず本名で情報集め。
というツッコミは無しの方向で☆(^ω^)←


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