短編2
□それが君ならば
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「榛名君ってカッコイイよねーっ」
隣のクラスの女の子がうちのクラスを廊下から覗きながらキャッキャッとそう騒いでいる。その言葉はもう嫌という程聞き慣れた言葉で、確かに彼女達の言う通りうちのクラスの榛名元希という男は見た目は結構カッコイイ。ただし、見た目だけだけど。
「なあ、宿題見せて」
そんな声が頭の上から降ってきて、見上げるとそこにはまさに今考えていた男の顔があって。少し驚いたけど、榛名の言葉に私は眉を寄せながら口を開いた。
『何で私が』
「同じクラスのよしみだろ」
『何それ。別に私じゃなくてもいいじゃん』
「頼むって!昨日家帰ったらすぐ寝ちまってさー」
榛名は野球部のエースで、人一倍努力してるって事はちらりと聞いたことがあるから知ってる。ハードな練習の後なら家に帰ってすぐ寝てしまっても仕方ないと思う。だけど、わざわざ私に言わなくてもいいじゃないか。隣の席とか元中から一緒とかならまだしも、そりゃあ喋ることも少なくないけど、別に私じゃなくても。(だって榛名の席は窓側の一番後ろで、私の席は廊下側の一番前だ)
「今日当たるんだって、頼む!」
『…別にいいけど、』
「マジで?サンキュー!」
そう疑問に思った私だったけど、両手をパン!と合わせて頼み込まれて絶対に嫌だと断る理由もないし、そこまで私は鬼じゃない。そう言ってノートを差し出すと榛名の顔はパーッと明るくなって、そして私の手からノートを受け取るとそのまま隣の席に腰掛けて写し始めた。…自分の席戻ればいいのに何でここでやるんだろう。
そう思いつつも気をつけていないと頬が緩んでしまいそうだ。榛名とは席も遠いからたまに話せるとちょっと嬉しい。…多分私は榛名のことが好きなんだと思う。でも私はさっきの女の子達みたいにカッコイイから好きってワケじゃないけど。
(だからってドコが好きなのかって言われたら答えられない)(…私本当にコイツのこと好きなのかなってたまに思う。)
特にすることもないので、黙々と宿題を写す榛名を見る。すると榛名はそのうち「よっしゃ、終わった」と明るい顔で言って顔を上げた。バチリと目が合って、なんだか恥ずかしくて目を逸らす。
『…さ、さっき隣のクラスの子がアンタのことカッコイイって言って覗いてたよ』
「は?」
『相変わらずモテるよねーっ榛名なら女の子選び放題でしょ』
あぁ、私って何でいっつもこんな言い方しかできないんだろう。恥ずかしくて誤魔化すためにいつも可愛くないことを言ってしまう。こんなことを言いたいワケじゃないのに。私だって、あんな榛名の外見しか見てない子達よりはよっぽど榛名のことが好きなのに。なかなか素直になれない。
私の言葉を聞いた榛名は驚いたように目を見開いたけど、呆れたように溜息を吐くと急にすっと立ち上がって、ノートで私の頭をポンと軽く叩いた。
「あのな、別に好きでもねー女に好かれたって嬉しくねーっつの」
『…ふーん』
意外に真面目なんだ。ちょっと驚いた。でも、榛名は普段はワガママでオレサマな奴だけど本当は真面目なんだって知ってる。部活の時とか、真っ直ぐな奴なんだって事知ってる。
「…そういうお前はどうなんだよ?」
『は?』
「オレのこと、カッコイイとか思うのかよ?」
突然の質問に意味がわからなくて、でもすぐに理解しておもわず顔が真っ赤になった。何言ってんのコイツ…!カッコイイなんてもし思ってても本人に向かって言うワケないじゃない!だってそんなの言ったら告白してるようなモンじゃないの!そう思いながら榛名を見るとなんだか榛名の頬も少し赤く染まっているような気がした。
『…カッコイイって、言って欲しいの?』
「…別に。思ったこと言えばいいんじゃね」
試すように問いかけると、榛名は少し恥ずかしそうにふいっと顔を逸らした。いつもはズバズバと言いたいことを言うくせにこういう一面もあるんだ。黙ったままの私に少し困ったような情けない表情を浮かべる榛名に頬が緩んだ。
『野球やってる時はカッコイイんじゃない?』
「…はっ!?」
『だって野球やってる時は喋らないもんね』
「…お前本当可愛くねー」
そう言って榛名は拗ねたように口を尖らせる。あーあ、みんながカッコイイって騒ぐ顔が台無しじゃん。…でも、私はこういう榛名の方が好き。野球をしてる榛名は確かにカッコイイと思うけど、こうやって高校生らしく普通に怒ったり笑ったりする榛名の方がもっともっと好きなんだ。
ねぇ、榛名。私はアンタがカッコイイからアンタを好きになったワケじゃない。榛名だから、好きなの。アンタのカッコ悪いところとか情けないところも全部好きなんだよ。榛名が野球に向けるのと同じようなまっすぐなこの気持ち、いつか榛名に向かってちゃんと伝えられるといいな。
それが君ならば
(その不完全さゆえにきみが愛おしい)