短編2
□この想いを封印するよ
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部活が終わっていつものようにみんなでコンビニに寄ってから家に帰ろうと一人自転車をこいでいた。そして、近道をしようと公園を横切った時だった。真っ暗な公園のベンチで見慣れた顔を見つけた。そいつはオレのクラスメートの女で、そしてオレの好きなヤツだった。彼女は泣いていた。理由は聞かなくたってわかった。口に出さなくても彼女のことを理解していることは嬉しいはずなのに、オレはそのことに無性に苛々した。
『運命だと思ったんだ』
『アイツだって、私だけって言ったの』
『全部嘘だったけど。…本当は気付いてたけど』
『でも、それでもそばにいたかったの』
…なのに。彼女はそう呟いて静かに涙を流した。頬を伝う雫が綺麗だ、なんて思った。泣いている彼女にそんな感情を抱くのは場違いというか、悲しんでいるのに失礼かもしれない。でもオレは本当にそう思った。実際は、泣きはらした彼女は目も鼻も赤くなっていて、正直見られたもんじゃない。でもオレはそんな彼女を綺麗だと思った。濡れた瞳に酷く心を乱された。
『人って、どうして嘘を吐くのかな』
彼女はぽつりとそう呟いた。どうして嘘を吐くのかなんてそんなの自分を護るために決まってる。他で遊びたいって思ってるくせに、彼女のことも手放したくないと思ったクソ野郎が自分を護るために吐いた最低の言い訳だ。彼女は何も悪くない。悪いのは全部あの男だ。なのに、何でコイツだけが心を痛めなきゃいけねーんだ。何であんな男のためにこんな綺麗な涙を流さなきゃなんねーんだ。オレはぐっと拳を握り締めた。
『…でもね、阿部』
彼女は小さな声でオレの名前を呟いた。その声は、少し震えていた。オレは彼女の方に目を向ける。彼女は一度鼻をすんと鳴らすとオレの目を見て、そしてぎこちなく微笑んだ。
『私それでも、アイツのこと嫌いになれないんだぁ』
バカでしょ?と彼女は自嘲気味に呟いた。あぁ、バカだよ。何でそんなバカなんだお前。だから騙されんだよ。ふざけんな。笑っていーよ、と彼女は無理して作った笑顔で言った。あぁ、笑ってやるよ。騙されて遊ばれて振られたくせにまだそんな最低な野郎のことを思ってるだなんておかしいったらねーぜ。
『…阿部?』
なんだよ、バカ女。こっち見んな。お前なんか勝手にまた騙されて遊ばれて振られちまえばいいんだ。もう知らねェ。オレには関係ねー。コイツがどうなろうが、知ったこっちゃねーんだよ。
『阿部、何で泣いてるの?』
オレの顔を覗き込む彼女の瞳に情けない顔をしてる自分の顔が映った。1番バカなのはオレだ。何でオレが泣いてんだよ。ワケわかんねー。でも、彼女が笑うから、本当は声を上げて泣きたいくらい悲しいくせに、彼女がそんな風に笑うから。だからなんだか知らねーけど涙が出てきた。何なんだよオレ…カッコ悪ィ。
『…阿部。ありがとう』
何も答えないオレに向かって彼女はそう呟いて、そしてギュッと手を握った。左手に彼女の小さな、だけど温かいぬくもりが伝わる。悲しいのは彼女の方なのに、泣きたいのは彼女の方なのに、何だってオレは泣いてんだ。でも彼女はそんなオレを見て嬉しそうに目を細めた。
オレだったら、コイツを泣かせたりしない。他の女なんか目にも入らねーし、悲しい思いはさせないって約束できる。…だけど、そんなものは意味がなくて。いくらオレが想っていたって彼女の心はオレの方になんて向いていないんだからそんなものは何の意味も持たねーんだ。
人はやっぱり自分を護るために嘘を吐く。オレは、オレを護るために彼女に自分の気持ちを伝えることをしなかった。…だけど、人は何か大切なものを護るためにも嘘を吐くことがある。オレは、オレは、彼女の笑顔を護るために自分の気持ちに蓋をした。これからも絶対に口に出すことはしないように。これからもずっと、友達として彼女の隣にいられるように。
この想いを封印するよ
(傍にいられるだけで充分だとか、言い訳探しばかりしている)
…じゅ、純粋な阿部君が書きたかったんです。