短編2

□揺れる傘揺れる恋
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委員会が終わって帰ろうと思って玄関に向かったら外は雨が降っていた。夕方から雨だっていうのは天気予報で知っていたから鞄の中にある折りたたみ傘を取り出して靴を履き替えて一歩踏み出した。


「あ、今帰り?」


すると後ろからそんな声が聞こえてきて、振り返ると同じクラスの高瀬が立っていた。珍しいな、高瀬が制服でこんな時間に玄関にいるなんて。そう思っていたらそんな私の疑問に気付いたのか高瀬は「教室に忘れ物したんだ」と少し照れくさそうに笑った。


『今日部活は?』

「やってたけど雨強くなったから今日は中断」

『そうなんだ、もう帰るの?』

「あぁ。つーか悪いんだけどさ、途中まで傘入れてくんねー?」

『忘れたの?いいけど、高瀬家どこだっけ?』

「駅まででいいよ」


高瀬とは一度席が隣になってから普通に仲が良かったし雨も本降りになってきたので濡れて帰って風邪でも引いたら困るから私は快く承諾した。それに一人で帰るよりも高瀬と話しながら帰った方が楽しいし、何より気も紛れるだろうから。


「…そういえば、彼氏と別れたんだって?」


…と、思ってたのに。何でコイツはそんなこと聞くかな。高瀬って空気読めないヤツだっけ?いや、私の記憶では確か結構周りに気遣ったりできるヤツだったはずなんだけどな。そう思いながらじろりと睨むと高瀬は「あ、悪い」とあまり悪いと思ってなさそうな口調で言った。…高瀬ってこんなキャラだっけ?

高瀬の言う通り、私はつい最近彼氏と別れた。結構長く付き合っていた彼氏だったんだけど最近うまくいってなくて、所謂倦怠期っていうか…そして、彼の方から「好きな人ができた」と言われて振られてしまった。倦怠期とはいえ、長い間付き合っていた彼だったし私は彼のことが好きだったし、これでも結構傷ついてて。だから本当は軽々しく聞いて欲しくなかった。今はまだ、あまり話したくなかった。


「何で別れたの?」

『別に、何だっていいでしょ』

「…まだ好きなんだ?」

『…そりゃ好きだよ。ずっと一緒にいたんだから簡単に忘れられるワケない。っていうかまだあんまり話したくないから聞かないで欲しい』

「そっか、そうだよな。…ごめん」

『別に…』


話したくなくて、聞かれたくなくて、素っ気無くそう言うと高瀬は申し訳なさそうな顔をして、そして口を閉ざした。でも元彼の話題になるくらいなら無言の方がずっとマシだ。だけど高瀬の様子が気になって、私は違う話題を振ることにした。えーと…何がいいかな。部活、って言っても野球のことよくわかんないしな。…あ、そうだ。


『ねぇ、高瀬は好きな子とかいないの?』

「…え?オレ?」

『だって彼女作らないじゃん』


話題に詰まって、でも自分のことは話したくないと思って私が思いついたのは高瀬の恋愛についてのことだった。そういえば高瀬に彼女がいるとかそういうのを聞いたことがない。高瀬は顔もカッコイイし、性格だっていいし、何しろ野球部のエースだし、モテないワケがない。なのに彼女を作らないってことはきっと好きな子がいるからなんじゃないかなとなんとなく思っていた。聞く機会がなかったから聞かなかったけど。


「…いるけど、オレの片想い」

『そうなの?』

「その子彼氏いてさ、」

『うん』

「最近別れたらしいんだけどまだ彼氏のこと忘れられないらしくて」

『…うん?』

「結構仲良いクラスメートなんだけど鈍感だから全然オレの気持ち気付かないんだよ」

『…高瀬、』


自惚れって思われるかもしれない。でも、今の会話の流れからもしかしてって思って私は高瀬を見上げた。すると高瀬もこっちを見ていてばっちりと目が合ってしまった。どきりと心臓が跳ねる。真剣な表情の高瀬から目が逸らせない。うまく呼吸ができない。高瀬は切なそうに目を細めると傘を持っていない方の手で私の頬に触れた。


「でもやっと気付いてくれた、かも」

『たか、せ』

「別れたすぐ後にずるいかもしれねーけど…つけこんでいい?」


ゆらゆら。私と高瀬の上に広がる傘が揺れる。初めて間近で見る高瀬の整った顔。長い睫毛。閉じられた瞳。唇に伝わる、熱。ずるい、ずるいよ。そんな風に優しくされたら、切ない顔されたら、高瀬に全て委ねて楽になってしまいたいって、思っちゃうじゃない。そんなの高瀬を利用するみたいで、ずるいじゃない。

「好きだ」なんて、そんな声で囁かないで。大切なものを扱うみたいに、優しく抱きしめたりしないで。ゆらゆら。ゆらゆら。揺れる、揺れる。心が揺れる。高瀬の温度に包まれて、耳に届くのは優しい雨音と穏やかな私と高瀬の呼吸。そして、その呼吸とは正反対に激しく脈打つ高瀬の鼓動と、それ以上に動悸する私の心臓。


ねぇ高瀬。高瀬のこと、好きになってもいいかな?









揺れる傘揺れる恋
(あなたの抱きしめてくれる腕は、こんなにも暖かい)

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