短編2

□ときめけ、恋ごころ
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美術室の窓から見える景色が私は大好きだ。周りに広がる緑。季節が変わる度にそれは色を変えてとっても綺麗で。でも、1番好きなのはそこから見える野球部。カキーン、と鋭い音がしてそれから掛け声が聞こえて、高く高く上がった球を上手にキャッチする。美術室はそんな彼が見られる特等席だ。


『…あ、落としちゃった』


彼はたまに失敗もする。私も色塗りを失敗したりする。人生はうまくいくことばかりじゃない。でも諦めずに頑張っていればきっと努力は報われるはずだ。その証拠に彼は入学した頃よりもずっと上手になって、私も絵を描くのがすこし上達した気がする。

彼を見てると頑張ろうって思える。太陽みたいな眩しい笑顔。帽子から覗く色素の薄い綺麗な髪もキラキラ綺麗。そんな彼をイメージしながら私は絵を描く。彼みたいに温かい色を出したくて、毎日一生懸命描くんだ。



野球部は週一回練習がない日がある。その日は彼の姿が見られないから少し残念だけど、私は変わらず絵を描く。真っ白なキャンパスに描く、緑。そして彼をイメージした太陽。これを完成させられたら私、何か変われる気がする。うまく描くことができたら、彼に、水谷君に話しかけてみようかななんて密かに考えている。

その時、ガラッと美術室のドアが開いた。誰か部員の人が来たのかなと思って振り返って、予想外の、だけど見慣れた人物に私は大きく目を見開いた。


「あれっ?先生は?」

『あっ…しょ、職員室…デス』

「そっかー。あ、絵描いてんの?」

『えっ、あ、うん』

「…見てもいいっ?」

『え!』


用件は先生を探していて、それだけしか会話していないのに、私の心臓はどっきんどっきんと大きく動悸する。顔が熱い。変な汗出てきた…!おまけに、水谷君が私の絵を見てもいいかなんて言うから私はびっくりしてしまって、でも水谷君はそんな私なんか気にも止めずにこちらに近づいてきた。うわわ…!ど、どうしよう近い…!


「すっげー…」

『へ?』


私のすぐ横に立ち止まって、そう呟いた水谷君を見上げる。水谷君は私の描いた未完成の絵を見つめて目を輝かせている。そしてこちらを向くとぱっと眩しいキラキラした笑顔を浮かべた。


「やっぱ上手い!」

『…え?』

「え、あ、やっぱっていうのは別に前飾ってあった絵を見たからとかじゃなくて…!」

『前、飾ってた絵?』

「あっ!いや、その…!」


わたわたと顔を真っ赤にしながら慌てる水谷君にワケがわからなくて首を傾げる。前飾ってた絵って…あ、前に入賞した時の絵かなあ?美術室の壁に飾ってもらってたから…。ひょっとして水谷君、見てくれたの、かなあ?


「あの、さ」

『うん?』

「よかったら…メアド教えてくんない?」

『……!』

「あ、迷惑だったらいいんだけどっ」

『迷惑じゃ、ないっ!』


突然そう言われ頭がついていかなくて、目を見開くことしかできなかったけど、でも水谷君からのそんな嬉しい誘いをなかったことになんてして欲しくなくって、私は慌てて大きな声でそう叫んだ。は、恥ずかしい…!水谷君びっくりしてるじゃん…!一瞬大きく目を見開いて、でも水谷君はすぐに「ありがとー」とキラキラの笑顔をくれた。ありがとうはこっちの台詞だよ。夢みたい!水谷君にアドレス聞かれるなんて…!

携帯を取り出して赤外線で交換して「メールすんね」って言ってくれて水谷君は美術室を後にした。水谷君がいなくなったことを確認してから、私は携帯を両手で強く握り締めて、声にならない声を上げた。水谷君の名前と番号とアドレスが入ってるってだけなのに、それだけで携帯が愛おしく思えるから不思議だ。あぁ、どうしよう私…メールなんてできるかな…!


その夜水谷君から送られてきたメールには、私の絵が大好きだっていう嬉しい言葉と、今度試合を見に来て欲しいっていう幸せすぎる誘いが書かれていた。









ときめけ、恋ごころ
(そして彼にもっと嬉しくて幸せな言葉をもらえるのは、もう少しだけ先のお話)

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