短編2

□悲しむだけの時はもうすぎた
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携帯を握り締めて、私は外へ飛び出した。自分も試合があってくたくただったとか、こんなに走って汗だくになったらせっかくお風呂に入ったのに意味ないとか、そんなことを気にしてる余裕はなかった。とにかく私は走った。彼の元へ。

今日の試合は彼にとって、彼のチームにとってとても大切な試合で。勝てば関東ベスト8っていうとてもスゴイことだ。勿論見に行きたかったんだけど、私も自分にとって大切な試合があったから応援に行けなかった。でも昨日の夜私達は確かに電話で約束したんだ。絶対に勝つって。私達は負けないって。


『阿部っ』


公園のベンチに、野球部らしい短い髪の毛の男の子の後ろ姿を見つけて私は声を掛けた。運動部の私でもさすがに全速力で走り続けたら少し息が切れた。でもそんなことはどうでもよかった。阿部はこっちを見た。いつもと変わらない少し垂れた大きな目が私を映した。


「何、本当に来たの」

『そりゃ来るよ!だって…っ』

「あー…悪い。約束守れなくて」

『……そうじゃなくて、』

「お前は勝ったんだって?スゴイじゃん」

『私のことはいいんだってば!』


いつものように、何でもないことのように、淡々と喋る阿部に耐え切れなくなって私は遮るように叫んだ。私のことは今はどうでもいい。そりゃあ試合に勝ったことはすっごく嬉しかったし阿部に知って欲しかった。一緒に喜んで欲しかった。でも、それは阿部も勝つって信じてたからだ。


『…阿部』

「オレは、負けた」

『…何対何?』

「7対21」

『…うそ、』


だって、阿部のチームにはスゴイ投手がいるんじゃなかったの?阿部はその人とバッテリーを組んでるんじゃなかったの?だって阿部、言ってたじゃん。その人が本気を出せばきっとどこまでもいけるって。だから頑張るんだって。体中アザだらけになっても頑張ってたじゃん。なのに、何で。


『…そんなに強いチームだったの?』

「………」

『阿部?』


いくら頑張ってたって、結果が残せない時だってある。敵のチームが何倍も強くて敵わないことだってある。それは勝負の世界では仕方ないことだってわかってる。だけど、阿部はいつも私の前では余裕だったし、負けるなんて信じられなかった。何より今の阿部の表情は何?試合に負けたっていうより、何か違うことで落ち込んでるみたい。…でもきっと、何も言わないってことは私には言いたくないんだよね。阿部が言いたくないことを無理に聞くことなんてできない。そんなこと、したくない。

ああ、私って最低だな。試合に勝ってみんなに祝福してもらってあんなに嬉しかったはずなのに、今はそんなことどうでもよくなっちゃってる。むしろ何で私も今日負けなかったんだろうなんて考えてる。だって、私も阿部と同じだったら同じ気持ちで泣けたのに。一緒に泣けたかもしれないのに。他の人からしたら何て贅沢な悩みなんだろう。でも、なんだか本気でそう思ったんだ。


『……っ』

「…は?お、おい、何泣いてんだよ」

『だって…っ阿部、頑張ってたのにっ』

「…仕方ねェだろ」

『それでもっ!悔しいんだもん!』


気付いたら涙が出ていて、それを見た阿部は驚いたように目を見開いた。慌てて拭ってもなかなか止まらなくて、そんな私に阿部は仕方ないってそう言った。

ねえ、阿部。仕方ないなんて本気で思ってるの?私は悔しいよ。阿部が頑張ってたのに勝てなかったことが悔しい。でもそれよりも阿部が何かに苦しんでるのに、力になれない自分が悔しい。阿部のために何かをしてあげたいのに、ロクな言葉が出てこないまだ子供な私が悔しい。私がもっと大人だったら、何か気のきいたことが言えたのかなあ。阿部も話す気になったのかなあ。


『阿部っ、私がそばにいるよ!』

「…は?」

『だから、悲しかったら泣いていいんだよ!辛かったら泣いていいんだよ!』

「ちょ、待て。何でそうなった?」

『私しか見てないから平気だよ!誰にも言わないしっ』


とにかく阿部の力になりたくて、阿部のために何かをしたくて、私は阿部に泣いていいんだよって言った。阿部は意味がわからないというように大きく目を見開いて何かを言ってたけど、ここで言葉を止めたらまたいつもみたいにうまく言いくるめられるって思って一気に言い切った。阿部は驚いた表情をしたあと何故か呆れた顔になって、それから溜息を吐いた。…何で!?


「バカか」

『はあ!?何でバカなのよっ』

「お前が見てたら意味ねェじゃん」

『…何でっ!?』

「何でって…」


私は阿部の悩みを聞くこともできなければ安心して泣ける存在にもなれないの?阿部の言葉を聞いて悲しくなってそう聞いたら、阿部は少し赤くなってそっぽを向いて、それからこう答えた。


「…好きなヤツの前で泣くとか、カッコ悪ィだろ」


阿部、私は阿部のためにできることがあるなら何でもしたいよ。悩みだって聞いてあげたいし、落ち込んだら励ましてあげたいし、悲しいことがあったら一緒に泣いてあげたい。阿部のカッコ悪いとこだって全部全部知りたいよ。

でも、なのに。今は阿部のことを気にしなきゃいけないのに阿部のその一言ですごく嬉しくなる私はなんて単純なんだろう。








悲しむだけの時はもうすぎた
(お前の顔見てたらなんかもうどうでもよくなった)(え?なにが?)(…あんな最低なヤツのために落ち込むなんてバカらしーよな)(…う、ん?)


意味がわからん/(^O^)\
戸田北時代の設定です。ヒロインは中学の同級生。中学の時って結構付き合ってても苗字で呼んだりしてませんでしたか?その初々しいカンジを出したかったり(^q^)

…っていうのはこじつけで、こーちゃんに送る予定だったもののボツ作品です←
阿部君の負けちゃった試合っていうのは例のあの試合のことです\(^O^)/

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