短編2

□一生一緒にいてくれますか?
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(※阿部君は普通のサラリーマンという未来設定です)



今日、オレにとって一大イベントがある。いや、イベントっていっても誕生日とか記念日とかそういうものじゃなく一般的には別になんてことない普通の日だ。でも、オレにとってはきっと今までの人生で1番大切な日。ずっとずっとこのために仕事を頑張ってきたといっても過言ではないかもしれない。


いつものように仕事をこなしてやっと終業時刻になりコートを羽織ると急いで外に出た。省エネとか節約とかなんとか言っても、やっぱり会社内と外とではこの季節の気温は全く違う。ひんやりとした空気に少し身震いしながらポケットに手を突っ込んだ。

吐いた白い息が暗い空に向かってゆっくりとのぼり消えていく。それをなんとなく見つめながら足早に駅に向かった。駅は仕事を終えて家路を急ぐサラリーマンや学校帰りの学生などで溢れている。その中で待つはずの顔を捜すために辺りを見回していると、ポケットの中に入れてあった携帯が震えた。


「もしもし」

『あっ、隆也?今仕事終わってこれから向かうの!ちょっと遅れちゃう』

「わかった。気をつけて来いよ」

『うん、ごめんねっ』


電話越しで少し慌てたように謝る彼女の声に自然と頬が緩んでしまう。遅れることを詫びていたが、正直なところちょっと好都合だった。彼女と会う前に心の準備をしておきたかったし、頭の中でイメトレもしたかった。何度も何度も繰り返しイメージしてきた今日の日を、もう一度。

どんな言葉で伝えれば彼女が喜ぶのかとか、世間一般では何て言葉を贈るのかとか、柄にもなく色々調べたりもした。見たこともないようなクサイ台詞を目にするたびにオレがこれを言うのかよと思って想像してみて勝手に照れたりもした。でも彼女の喜ぶ顔が浮かんできて、絶対に喜ばせてやりたいと思った。いつも言葉の足りないオレだからこそ、今日くらいは。


「(…アイツ、何て言うかな)」


きっと最初はびっくりするんだろうな。喜んでくれる、かな。笑ってくれればいいけど。今まで何度も見てきた色んな彼女の表情を思い出す。それだけでもどうしようもなく幸福感で溢れてきて。きっとオレにこんな想いをくれるのは今までもこれからも生涯一人だけなんだろうな。


帰宅するために足早にオレの横を通り過ぎていく人々。友達同士、恋人同士、笑いながらゆっくりと歩いている人々。オレは周りから見たらどんな風に映ってるんだろう。そんなことをぼんやりと考えながらマフラーを少し上げて口元を覆う。体は冷えているはずなのに心はぽかぽかと暖かい気がした。


『隆也!』


不意に耳に届いた愛しい声。振り返ると駆け寄ってくる彼女。走らなくていいのに、転んだらどーすんだよ。そう思いながらもオレのために急いで来てくれたことが嬉くて。もしも一分一秒でも早く会いたいなんて彼女も考えてくれていたなら、嬉しい。


『ごめんねっ…待ったでしょ?』

「大丈夫だよ」

『だってホラ、こんなに手冷たくなってる…!』

「大丈夫だって。いいから行くぞ」

『え、あ、うんっ』


申し訳なさそうに眉を下げながら謝る彼女が愛しい。まるで自分の体温を分け与えてくれるかのように当たり前にオレの手を握る彼女が愛しい。オレが歩き出すと寄り添うように自然と隣を歩き出す彼女がどうしようもなく愛しい。

なあ、これからもそうやってオレの隣を歩いて欲しいんだけど。できればずっと、一生、死ぬまで。そんな想いを込めて、彼女と繋いでる手と反対側の手をポケットに突っ込んで中に入っている小さな箱をそっと握った。受け取った時にきっと、オレの世界で1番好きな笑顔を浮かべてくれるであろう彼女を想像しながら。







一生一緒にいてくれますか?
(彼女が泣くから、オレもちょっと泣きそうになったなんてことは一生秘密にしておこう)


阿部誕企画サイトさま、「ribon」さま提出作品\^^/

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