短編

□PM11:59
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通い馴れた店に

見慣れたバーテンダー。

何もする事がなかったのでふらりと立ち寄った。

それが幸だっのか不幸だったのか。



中年のバーテンダーはオーダーを聞くこともなく、シェイカーを振った。

耳障りの良い音が流れる。

「どうぞ」

「Thanks」

無愛想に差し出されたカクテルの味はいつもと同じ味だった。

何の変哲もない一日がまた、いたずらに過ぎようとしている。


―――くだらねェ。

家業を継いで、書類と睨み合う毎日。

機械的な仕事に飽き飽きしていた。

刺激がほしい。

五感の全てを充たす、何かがほしい。

とりとめもなくぼんやりとグラスを眺めていると入り口に垂れ下がっている鈴が、来訪者の存在を伝えた。

だが俺は振り向かない。

ここでの酒は一人でと決めているからだ。

ここでは自分の空間を作るための場所だ。

言わば、俺のテリトリー。

しかし次の瞬間、俺のテリトリーはいとも簡単に消失した。

正確に言えば、カウンターに座る、先程来た女に目を奪われたのだ。

長いストレートな黒髪に真っ赤なルージュとワンピース。

短い裾から細くて白い足が見えた。

女は無意識の内だろうが、誘惑するように足を組んだ。

「Hey,アンタ一人かい?」

俺はそう言って女の隣に座った。

女はこちらを見もせず、欝陶しそうに「そうだけど」と言った。

随分と高飛車な女だ。

しかし今の俺にはそれくらいが調度良い。

そう考えていると、バーテンダーが女に女性向けのカクテルを渡していた。

「ありがと」

女はぶっきらぼうに言い放つ。

そしてその細い指で顔にかかる髪をたくし上げた。

ドキリ、と胸が高鳴った。

俺はその姿から目を離せなくなった。

「何よ」

女は俺を横目で見ながら、微笑を浮かべ挑発的な声を出す。

まるで『私に落ちたでしょう』と言っているようだ。


―――おもしろい女だ。


「さっきから熱い視線送ってくるけど、私に惚れた?」

「Ha,随分と自信満々だねェ」

女は自虐的に笑う。

こんなに傲慢な女は初めてだ。

この女を落としたい。

ならば、

さぁ、ゲームを始めようか。

大人の駆け引きのゲーム。

あぁ、ゆっくりと幕が上がる。












(俺が負けるまであと1分)



P.M 11:59














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