REBORN

□『黒い太陽』/ドラ猫作
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『黒い太陽』





「もう飽きました」

 ガッ―――。

「ぐッ……は」

 敵の一撃で遠慮なく弾き飛ばされた雲雀の身体は、空中で二度三度回転してからようやく公園の芝生に到着する。不様に背中を打ち付けた所為か一瞬息が詰まり、視界を白いカーテンが覆った。

 ナニこの感じ……気に入らない……よ。

 白い視界が敗北の白旗のようで癪に触った。だって自分はまだ敗けてない。
 雲雀は軋む全身を無理矢理動かし腹ばいになると、霞む視界を振り切るように頭を振った。

 消えなよ、白旗……。

 振れば振るほど全身から力が抜けていく。それに段々と気持ちが悪くなってきた。おそらく、先程倒れて時の衝撃で脳震盪を起こしているのだろう。

 わお……おもしろい。たった一撃でこうとは……。でもさっさと僕が噛み殺してやりたいね。

 受け身も取り損ねるほどの攻撃をいとも簡単に繰り出した敵の実力に、雲雀の心が昂揚してくる。
 彼を倒すのは自分なのだと―――。
 今回の決着がついた今、すでに心は戦いの事でいっぱいになっている。そんな自分が可笑しくて、雲雀は口元を緩めた。
 敗けて終わりなんて柄じゃない。
 そして、その様子をそばで見物していた敵――骸が、あきらかに作られた哀しげな声色で近づいてくる。

「どこか当たりどころが悪かったようですね、スミマセン。次回はもう少し手加減しますので、今回はお許しを………」
「ねー、それ僕に言ってるの?」
「いやいや、もちろん次回があれば、ですけど?」

 性格の悪さを微塵も隠さず微笑む骸に、雲雀の目付きがどんどん悪くなる。

「噛み殺してやりたい」

 雲雀とて弱者ではない。自他共に認めるだろう強さの実力も持ち合わせていた。それなのに、この男には手のひらで転がされて終わるのだ。
 いつも仕掛けるのは雲雀だけ。
 さらりと躱されて、地面に這うのも雲雀だけ。
 骸が雲雀を意識したことは一度でもあるのだろうか……。

「噛み殺すも結構ですが、身動き一つ取れないほどの脳震盪を起こす小鳥さんには荷が重いのでは?」

 骸の指が、只でさえふらふらと揺れる頭部をツンツンと突く。

「しばらくそのまま倒れていなさい」

 声をかける間もなく去っていく黒い背中を見て、雲雀はふと安心感を覚えていた。
 もう視界に白旗はなかった。骸の全身黒を基調とした背中が、敗北の白旗を吹き飛ばしてくれたような気がした。

「ふーん、たまには役に立つもんだね。あんな趣味悪い服でも」

 雲雀は、自分自身も負けず劣らず全身黒で整えられていることに気付かない。なぜなら、雲雀にとってこの服は制服だから、骸の私服とはわけが違う。

「本当、趣味悪すぎだよね……」
「ずいぶん言ってくれますね」

 顔を上げると全身黒い男が街頭の明かりを背に立っていた。
 もし、太陽が黒かったら……きっとこんな感じだ。

「思ったより丈夫そうで安心しました」
「何で戻ってくるの、君」
「これを差し上げようかと」

 骸の指先に引っ掛けられたペットボトル、中身はポカリスエット。滴る水滴から、いままさに自販機で買ってきたような飲み物だった。
 たぶん公園を出たところに自販機があったはず。

「どうぞ?」
「いらない。僕アクエリアスの方が好きなんだ」
「………」

 差し出されるペットボトルをすげなく断ると、骸はそれ以上勧めてはこなかった。
 ただ次の瞬間、ペットボトルを開封した骸がそれを一口己で含むと、雲雀の首を一掴みで押さえ付け唇を唇で塞いできた。

「んっ」

 口内に流れ込んでくる冷たい液体。忍び込んできた舌が尚更熱く感じる。

「っ……っは」
「飲みましたね。それでは良い夜を……」

 視線の先に、一口分だけ減ったポカリスエットのペットボトルを残し、骸は消えた。
 雲雀の心に黒い太陽を残して……。

■□■□■     ■□■□■

「どうぞ」

 『女骸』が差し出してくるペットボトルを見て、雲雀は顔をしかめた。
 確か、この場の全員がポカリスエットを希望していたはず。なのにコンビニまで買いに行った『女骸』たちが買ってきたのは何故か一本だけアクエリアスだった。
 もちろん雲雀は注文していない。

「何で?」
「骸様が貴方にはアクエリアスを……とおっしゃっていました」
「そう」

 差し出されるペットボトルを指先で受け取ると、そのまま全員に背を向けた。

「あの、雲雀さんもこっちでお昼食べませんか?」

 恐る恐ると言った感じでレジャーシートの方を指差す沢田に、雲雀はプイッと視線を逸らす。

「ヤダ、群れるの嫌いだから……悪いけど一人で食べる」
「え……はい、こちらこそスミマセン!」

 雲雀が謝ったことで、返答をある程度予想していた全員がその場で固まった。
 そんな彼らから距離をとり、静かな場所で一人、雲雀はペットボトルを開封する。

「ねー、君がらしくないことするから僕まで……」

 ペットボトルを空にかざし、太陽の白い光を濁った液体を通して見上げる。
 やはりそこには彼はいなかった。
 彼は白のイメージを吹き飛ばすのだから、黒い太陽なのだし、太陽の光が彼を届けてくれるはずはない。

「太陽って残酷だね……」

 雲雀はアクエリアスを一口含んで、飲み干した。
 それはあの日のポカリスエットと同じ味がしたような気がした。





 END
(『黒い太陽』)

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