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□TENNIS(リョーガ受)
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『行き着いた先は…』

 豪華客船フラワー・ストームの事件から一週間。
 どんなに大人びていても義務教育すら済んでいない、親の庇護の下にいるべき年齢のリョーガは、越前家の世話になる事が決まった。





 大して多くもなかった私物はスポーツバッグ一つに収まり、リョーガは身軽な状態で日本家屋の前に立っていた。
 目の前にあるボタンを押すという、簡単な行為なのに、柄にもなく緊張してしまう。
 七歳の時に飛び出した空間に、どんな顔をして戻れば良いのか……リョーガは決め兼ねていた。
「邪魔なんだけど」
「ぅおっ…チビスケ!」
 背後から掛けられた声に、リョーガは飛び上がって驚いた。
 振り返れば、豪華客船の船上でも見た…成長した義弟の姿。
 汗を吸ったウェアと、小さな体には重そうに見えるテニスバッグを見ると、どこかでテニスをして来たのだろう。
「さっさと入れば?」
 当然のようにドアを開け放して家の奥に消えてしまうリョーマを追って、リョーガも家に上がり込む。
「チビスケっ」
 どこに向かって良いのかがわからず、取り敢えずリョーマの背中を追っていると、不思議な感覚が湧き起こった。
 昔は逆だった。背中を追うのはリョーマの役目で、リョーガは前を見て走り続けていたのに…今は、小さな背中が大きく見える。
「あのねぇ…どこまでついて来る気?」
 二階の一室に入ったリョーマが、躊躇いもなくついて入ったリョーガを呆れたように振り返った。
「ここ、チビスケの部屋か?テニスとゲームばっかだな」
「人の話聞いてる…?着替えたいんだけど」
 グッショリと濡れたウェアを引っ張って恨めし気に見られても、リョーガは引いてやらない。
「着替えれば良いじゃねぇか。どんだけ成長したか、お兄サマに見せてみろよ」
「馬鹿じゃないの…」
「何だと…っぶ―――」
 細いのに、きっちりと筋肉のついたしなやかな体が見えたのは一瞬だった。
 リョーマが脱ぎ捨てたウェアがリョーガの頭に被さり、視界と呼吸を奪ってしまう。
 払い除けた時にはリョーマの着替えは済んでいて、見慣れたFILAの帽子も部屋の隅に投げられていた。
「ケチ」
「残念でした」
 投げ返したウェアを楽々と受け止めたリョーマは、舌を出して部屋のドアを開ける。
 船上で八年ぶりに会った時も、今も……自分たちの関係に違和感はなかった。八年というブランクを軽く飛び越え、普通に向き合えていた。
(何だ、大丈夫じゃねぇか……)
 バッグを投げ出したリョーガは唇の端を持ち上げ、部屋を飛び出す。
 階段を五段程飛び降りてリョーマを追い越した。
 見当をつけて開いたドアの向こうには、記憶より年を取った、本当の両親のような存在。
「リョーガ…!」
 夕飯の準備をしていた倫子が手を止めて駆け寄って来る。
「まったく、あんたって子は…八年も連絡もしないで帰って来ないで…」
「悪かったよ…」
 抱き締める腕から顔を覗かせて南次郎を見ると、ニヤリと笑われた。
「気は済んだかよ、バカ息子」
「まぁな、クソ親父」





 でっけぇ夢を探して飛び出した空間。





 結局、でっけぇ夢を見つける事は叶わなかったけれど、何でもないような事も大切なのだと……気づくきっかけにはなった。





 リョーマの従姉だという菜々子と飼い猫カルピンは新たな存在だが、この家は確かにリョーガの居場所だ。





「ただいま」


Fin.
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