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□TENNIS(リョーガ受)
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『puppy』

「っ…覚えてろよ!」
「おい―――…っく……!」
 駆け去っていく男たちを追おうとしたリョーガの身体は大きく傾いた。
 男たちを相手にしていた時は気力で持ち堪えていたが、それも限界だ。
「凄いっスね、アンタ。アイツらそこそこ強いのに、五戦連続な上に、ラストはダブルス相手にシングルスで勝っちゃうなんて」
「……」
 膝をつくリョーガの上に影が落ちる。
 見上げれば、リョーガより少し幼い顔立ちの、やんちゃそうな…少し生意気そうな少年が立っていて……
「誰だ?お前…」
「オレ?オレは立海大附属中二年エース、切原赤也っス」
「ふ〜ん…」
 聞いてはみたものの、さして興味があって聞いた訳ではない。
 適当に返したリョーガは、身体を起こしている事も辛くなって地面に大の字に寝転がった。
「聞いてます!?俺と勝負して―――」
 ぐぅぅぅ〜
 切原の言葉を遮って、リョーガの腹が大きく鳴る。
「アンタ……」
「……腹減った」
 情けないと思いながらも、虚勢を張っている余裕はない。
 桜吹雪の豪華客船の一件から四日―――漁船のおっちゃんたちに乗せてもらって岸についてから三日……着の身着のままで水上バイクを駆ったリョーガに、まともな食事を取れる程の持ち合わせはなかった。
 ストリートテニス場を我が物顔で使っている連中に勝負を挑んで、食事代を手に入れようとしたのに逃げられて……余計な体力を使っただけの、最悪の結果だ。
「食べます?」
 ごそごそと鞄を漁った切原が差し出してきたのは、どんっとドでかい握り飯。
「…見返りは?」
 握り飯に手を伸ばしながらも用心深く窺えば、二カッと笑い返される
「テニスで一勝負…どうっスか?」
「面白ぇ」


   * * *


 ボールが切原のラケットから逃げるようにしてコーナーぎりぎりに決まるのを見届けて、借りていたラケットをネットに立て掛ける。
(さっきの奴らよりやるじゃねぇか…)
 握り飯二つを平らげて、水筒のお茶も一気に頂戴して……食後の運動に切原の相手をしてやったリョーガは、最後の一球をあっさりと決めながらも内心では感心していた。
「あぁ〜ッ、くそ…!」
 苛立たしげに地面を蹴り付ける切原に、リョーガは背を向ける。
「んじゃ、ごっそさん」
 そう言って、この関わりを終わりにするつもりだったのに……
「ちょっ…それは卑怯でしょ!」
「はぁ?」
 ネットを飛び越えてきた切原に腕を掴まれて引き留められる。
「勝ち逃げなんて許さないっスよ?絶対アンタを潰してやるんだから!」
「何だ?握り飯食わせてやったんだから勝者の喜びに浸らせろ、ってか」
「そうじゃなくって…もう一度勝負しようって言ってんス。今度いつここに来ます?」
「……来ねぇんじゃね?今日中にこの町離れるし」
「へ?家はこの近くじゃないんスか?」
「……別に」
 ここではないが東京のどこかには、義弟の住む家がある筈だ。しかし、リョーガにそこを訪ねるつもりはない。
 適当に言葉を濁すと、考え込んだ切原は慌てたように腕を揺さぶってくる。
「じゃあ、これからどこ行くんスか?」
「さぁねぇ…テニスの強い奴でも探してみるかな…」
 特に何を決めている訳ではない。
 どこかに流れて、その日の食事と寝床を確保して……
「……どうすっかな」
「決まってないならウチなんかどうっスか?強い奴と対戦したいなら先輩紹介しますから……悔しいけど、ウチの先輩たちオレより強いし」
「お前…何でそんなに必死なんだ?」
 リョーガの条件を満たしているように並べ立てる切原に、怪訝に思って問い掛ければ、目の前の顔がきょとんと眼を瞬いた後に首を傾げる。
 それでも、腕を掴む手は緩まなくて……
「何でですかねぇ…ま、どうでも良いじゃないっスか。それより」
 未だに上体だけを捩っていたリョーガは、力尽くで切原に向き直らされた。
「オレ…まだアンタの名前、聞いてないんスけど」
 真剣な瞳に、嘆息が漏れる。
 僅かに見上げてくる切原に重なるのは、幼い頃の義弟の瞳。
 いつもリョーガに突っかかり、必死に挑んで来た義弟―――リョーマ。
「ねぇ」
「…リョーガだ」
「苗字は?」
 ポツリと呟けば、即座に返される。
「必要ねぇだろ?坊や。オレを飼う気なら相当根性入れとかなきゃ、鎖引き千切って行くぜ?」
「じゃあ…!」
「とりあえず今日は、寝床探すのも面倒だからな」
 切原の必死さと、リョーマの面影が重なった事に……リョーガは思わず頷いてしまっていた。
「ずっと世話しますから、これからアンタは食事と寝床の心配はいらないっスよ♪」
 小躍りした切原は放り出していたラケットを拾い集め、鞄に押し込むと駆け戻ってきて再びリョーガの腕を掴む。
「家に案内するっス。おっかない姉貴とお袋がいるけど、アンタなら二人も大歓迎っしょ」
「……せっかく名前教えてやったのに」
「?…そっスね、リョーガさん―――ってあれ?アンタいくつ?高校生?それとも副部長みたくその見かけで中二とか中三とか言う?そしたらウチの学校通うとか?うわっ、そしたら毎日テニス一緒にできんじゃん♪同い年なら呼び捨てあり?」
 グイグイと腕を引っ張っていく切原は、まるで散歩にはしゃぐ子犬のようで……
(妙なのに懐かれちまったなぁ…)
 苦笑しながらも、悪い気はしない。
「お前より一つ上だよ。リョーガ様って呼びな」
「嫌っス!年上だろうと呼び捨てにしてやる!」
 これくらい生意気な方が…噛みついてくる方が退屈しない。
 リョーガの堪えきれなくなった笑いが、青い空に解き放たれた。





Fin.
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