OTHER
□銀魂(土方受)
2ページ/5ページ
『本人よりもまわりの方がよく気付く』
見廻りを終えた土方は、疲労困憊の姿でようやく屯所に帰還することが出来た。
日々の見廻りは真選組にとって重要な仕事の一つ。近年で飛躍的に危険度を増した江戸を護るため、真選組は常に警戒を怠らない。しかし、江戸中をくまなく見廻らなければならないからといえ、普通ならここまで消耗するような仕事内容ではないのだ。
ならば、この疲労の原因はというと―――。
「総悟、オメー何考えて生きてんだ?」
土方はすぐ後ろをついてくる部下に数十分ぶりに声を掛け、非難をあびせる。
サボり癖のある沖田を監視する必要もあって、彼の見廻りの同行者は常に土方だった。毎度毎度、平静な状態で屯所に戻れた試しはないが、今回のはまた別格だ。
「そんな簡単にヒトの心が見えちまったら、世の中大騒ぎでさぁ。これ以上仕事増やしたくないんですがねィ」
「オメーは言うほど仕事してねーだろ。っつーか、マジで何考えてんだか知りてーよ」
よく見なくてもわかる。二人の装いは、見廻りに出ただけにしてはかなり全体的に汚れていた。元が黒の隊服のおかげで加減されて見えるが、実際は土と埃だらけのヒドイ格好だった。
その原因となった部下と口をきくのも勘弁したいほど、土方は怒りを覚えている。静かにだが、腹の中は煮え繰り返っていた。その証拠に、銜えた煙草が可哀相なほどL字に曲がっている。
そんな土方の怒りのオーラに沖田が気付かないはずはないが、彼は別段気にする風でもなく無言で土方の後をついてくる。
「まあ、お互い生きてたんだからヨシとしましょ――」
「出来るかぁっ!」
相手の語尾を遮るほどに怒り心頭な土方に対し、沖田にはまったく反省の色はない。
「まあまあ。……土方さんは変なところで真面目ぶるからいけねぇや」
「オメー以上にいい加減な奴ぁ江戸中探してもいねーよ!」
「いますぜ。ほら、土方さんが真剣勝負で惨敗した――」
「野郎の話はするんじゃねぇ!しかもテメーとそう大差ねぇだろがっ」
土方の気に食わない奴堂々の一位に君臨する男を思い出し、とうとう土方の銜え煙草が真っ二つに折れた。土方に火を点ける前で良かったと思う余裕はない。
「あの野郎に会うとろくな目にあわねーな」
そう、さっきも坂田銀時に出くわした所為でこんな目にあったのだ。
土方がこれほどまでに疲れ切っているのは銀時の責任が4割、そして沖田が6割だろう。
見廻り中、土方と沖田は偶然屋根の修繕をしていた銀時に出くわした。いつかの再演のように思えて仕方がなかったが、彼の軽く無気力な呼び掛けに視線を向ければ、鉄パイプが山ほど土方目がけて落ちてきたのだ。
もちろん、沖田は一人安全な場所に避難していた。
しかし、そこまでならいつものこと。土方の怒りの責任は銀時だけになるはずだった。が、沖田はそんな土方がさらに驚愕するようなことをしでかしてくれた。
『土方この野郎……反省しやがれ』
銀時に文句を言いに屋根に登った土方は、いつのまにか登ってきていた沖田に屋根から突き落とされてしまった。
気が付けば、土方は宙に浮いていた。
驚いたのは土方だけではない。銀時の焦った声も聞こえた。
『ナニしてんのぉオマエ!』
そりゃ驚くだろう。まさか部下にここまで奇襲をかけられる上司なんて見たことないだろうから。
土方はそのまま屋根から落ちたが、ただでは落ちなかった。最後の最後で土方の愛刀が沖田の立つ部分の屋根瓦を蹴散らし、沖田も一緒に落としたのだ。
『ァアぅオイ!テメーらナニしてくれてんだぁぁぁ!』
これもその時聞こえてきた銀時の声。屋根の修繕が屋根の修理になってしまったのだから、当然の怒りかもしれない―――が、そもそも銀時があの場にいなければ良かったのだ。
屋根から落ちた後、運悪く下を通っていた養豚業者のトラックにぶつかり、トラックは横転。そして、中の豚は大喜びで逃げ出し、土方たちを踏み潰していってくれた。
その残骸が今のこの二人の汚れきった姿だった。
メチャクチャ完璧に真選組とわかる隊服を身につけていた所為で、業者からはこってりと絞られてようやく解放された。何の事件とも関係ない事故であることは誰の目にも明らかで、後日改めて土方が謝罪に時間を割かねばならないだろう。
ただでさえ、真選組に回ってくる書類はすべて土方が引き受けている関係で彼の仕事量は半端ではない。見廻りを隊士に任せ、屯所に構えていれば少しは楽なのかもしれないが、生憎土方はデスクワークを好んでしたいわけではなかった。どちらかといえば、自ら身体を動かすほうが合っている。
だが、そうはいっても、土方は真選組の副長なのだ。隊士に先駆け、まっさきに面倒な仕事を引き受ける必要がある。書類整理はかなり面倒だが、彼が文句を口にしたことはなかった。
「土方さん……やっぱり謝罪の品は豚の剥製なんか良いと思いますぜ」
「馬鹿野郎、オメー業者さんにどんだけ嫌がらせするつもりだ」
「ハァ……まったく面倒なことになりましたねィ」
「オメーの所為でな。……ったく、ヒトの仕事増やすのがそんなに楽しいのかよ」
ぶつぶつと小言を言いながら、屯所の庭を歩いていく。そのまま沖田と別れて部屋に籠もってしまおうと思っていた土方の耳に、その場で立ち止まってしまった沖田の声が小さく聞こえてきた。
「あ?何だ……」
土方は足を止めて振り返る。
「アンタがいけないんでさァ」
「まだ言うか!」
こともあろうにまだ責任転嫁を目論んでいるとは……。
だが、それもいつものこと。土方はそのまま沖田の頭を一発殴っただけで行ってしまった。
「アンタが……旦那のことなんて見てるから………」
それが沖田のちょっとした嫉妬故の怪奇行動だったことを、土方は気付かなかった。もちろん、沖田のほうにもそんな意識はない。
二人は長く一緒にいすぎたのかもしれない。
Fin.