novel2

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茂みに長身を潜ませているその背中に、エドワードは声をかける。

「どう?」
「大将の睨み通りだよ。集まってきてる。」

火の点いてない煙草をくわえたハボックが、折り畳んでいた小さな地図を開いた。書き込みの多さに、今回の事件がただの不審火だけでないことを物語っている。

「今回のボヤ騒ぎ、大将が予想した、次に来るだろうってとこには人を配置してる。前に起きたところは、本当にノーマークでよかったのか?」

「もうそこでは何も起きないからな。」

「ただの火遊び好きな坊やじゃねぇと?」

「そうですね。」

隊を配置付け、遅れてアルフォンスが加わる。

「不審火のあったところを結ぶと、ある一定の法則があるんです。錬成陣にも似ている。」

一連の事件を線で結ぶと、ある場所を囲むような円ができた。
ハボックの地図上を、アルフォンスの指がなぞっていく。

「錬金術師の仕業か?」

「それが、そうじゃないんだな。どうも錬成陣というよりは、魔法陣のようなんだ。」

「魔法陣?」

エドワードの説明に、ハボックが素っ頓狂な声を上げる。隣で地図を覗き込んでいたファルマンが同調した。

「ファルマン少尉、ここ数年であった宗教系のテロをリストアップしくれ。」

ファルマンの記憶から呼び起こされたテロの起きた場所を、ハボックの地図に書き込み、さらに点と線で繋いでいくと、円の中に三角が重なって入っているような形になり、それは星のようにも見える図形となった。
その真ん中にあるのが、

「この教会って訳だ。」

今、アルフォンスの隊が包囲し、エドワードたちの目の前にある建物である。

「この教会のシンボルともなるのが、この図形。復活を表しているらしい。」

「何が起きようとしてる?」

「多分…」

ハボックの問いに応えようとしたアルフォンスを、エドワードが止めた。
教会の鐘が鳴る。


目配せをし、言葉ではなく指で出すエドワードのサインを受け、皆はそれぞれの持ち場に散った。


ハボックの後方援護を受けて、兄弟は建物に近づいた。あらかじめ各出入口に配置させていたアルフォンスの隊へ、フュリー開発の、より小型で性能を上げたインカムにて指示を出す。


建物は吹き抜けの聖堂と、信者などが暮らすその他付随部分があるだけで、質素なものだった。

地方の土着したものから発生した宗教の為、独特の文様で飾られたここは、セントラルのような様々な地方出身の人間が住む街であっても、大多数の人間には異質に写り、普段は立ち寄る者が限られていた。
退廃的な思想を持ち、投獄されている幹部も多いことから、この宗教は軍のリストに名前が挙がっている。エドワードは、昨今の動きに気づき、内偵を進めていたのだ。
その場所へ、不審火騒動が始まってから、老若男女様々な信者らしき人間が集まってきているという情報を得ていた。

  ・・・・


外界を拒絶するように窓の少ない造りになっている為、彼らが崇める神が描かれた高い位置にあるステンドグラスにまで上らないと、中の様子を覗うこともできない。エドワードは、アルフォンスの肩を足場に、一気に駆け上がる。

「猿だな、ありゃ。」

少し離れたところから、その様子を見ていたハボックが、作戦上火がつけられない煙草のフィルターを噛みながら呟く。事態は穏やかに進んでいるかのように思えた。

自分はあくまで不測に備えた援護であり、偵察のエドワードが指示を出し、アルフォンスの隊が出入り口から踏み込んで、中の人間を確保するというのが、今回の作戦だ。相手は一般人がほとんどなので、それほど大それたことができるとも思えなかった。
大佐のエドワードが偵察というのも、考え物ではあるが。


中を覗き込んだエドワードの表情が変わったのは、一番近くにいたアルフォンスであっても見えなかっただろう。
次の瞬間には、エドワードは目も眩むほどの強い青白い錬成光と共に、ステンドグラスを突き破り中に飛び込んでいた。

「大佐!!」

アルフォンスは、慌てて壁に穴を錬成し、同じく飛び込んだ。中がどうなっているかわからないが、今はそんなことを構っている暇はなかった。

教会に踏み込んだ自分の目の前で兄は、何事か喚く一人の男を錬金術で壁に張り付け、何か鉄の塊のようなものを抱いている。

「アルフォンス!!皆を連れて、こっから離れろ!早く!!」

祭壇の前で固まって震えている信者らしき者が20人ほど。アルフォンスは、控えさせていた隊の人間を呼び、移動させる。抵抗する者もあるが、屈強な軍の人間に引きずられて次々と出されていく。
兄を振り返り、アルフォンスはそこで初めて、エドワードが抱えているものが爆弾だと気づいた。

「兄さん!!」

「お前も外でてろ!」

「フュリー准尉を呼んで!誰か!」

アルフォンスはインカムに叫ぶ。

「んなの間に合わねぇよ!おい、お前、解除の方法教えろ!」

エドワードが貼り付けにした男は、気が触れたようにけたたましく笑う。

「血で印を結んで、我等が国を復活させる!もう止められない。軍の人間が礎になるなんて、上出来じゃないか。」

話のできる相手などでは無いのだ。
兄が抱えているものは時限式なのか、それとも男により安全装置を外されてしまった状態なのか、あとどれほどの時間が残されているか、何もわからない。アルフォンスは、兄に向かって飛び込んだ。



建物から続々と信者が連れ出され、作戦が成功したものだと思っていたハボックは、尋常でない爆発音に反射的に駆け出した。


教会であった中は埃が舞い、視界が悪いながらも、様変わりしていることだけははっきりとわかった。少し前までは整然とあったであろう家具や調度品の残骸から、爆発物による損壊であることを認めざる負えない。こんな中で、普通の人間ならば、何もないはずがなかった。
自分がいながら。


「大将!アル!返事しろ!!」

ぐるりと見渡せる程しかない建物で、身を潜ませる陰になるようなものもない。外に逃げ出せた面子の中に二人の姿は無かった。
背筋に悪寒が走る。

「大将!」

ハボックの呼びかけに、床に積み重なっていた瓦礫が揺らぐのが見え、駆け寄る。その下にドーム状のものがあった。

「そこに居るのか!」

壊すべきか躊躇ううちに、目の前で勝手にヒビが入り、その中から暢気にも喧嘩をする声が聞こえてくる。

「だいたい兄さんは、考え無しなんだよ。もっと安全なやり方ってものがあるだろ!」
「うっせぇな。耳元でガンガン言うなよな。」
「何の為に計画して、何の為に人を配置してんだよ。司令官が勝手にそれを乱したら、何にもなんないじゃないか!」
「へいへい。」
「ちょっと間違えてたら大変なことになってたんだよ!何その返事!何その態度!こんの馬鹿兄〜〜〜!!!」

「はい、そこまでそこまで。」

ハボックは、脱力しながらも若き上官たちの様子に安堵し、煙草に火を点けた。放っておいたらいつまでも喧嘩していそうな二人を、瓦礫から引っ張り上げる。
まだ怒りが治まらない弟に構うことなく、兄の方は、そうだそうだと壁際にあるもうひとつのドームへと駆けていった。
機械鎧の腕で2、3回ほど殴ってそれを崩していくと、中から男が出てくる。

「中尉〜、こいつ首謀者。気絶してるだけだから、後で取り調べといて。」

「お〜。で、何が爆発したんだ。」

エドワードから引き渡された男を、持ってきていた縄で縛る。ぐたりと力の抜けた男というものは、なんとも重く、可愛げのないものだ。

「爆弾。集団自決をするつもりだったんだ。信者ごと建物を吹っ飛ばして、地方に散らばっている他の信者の血気を高めて、テロのきっかけにつもりだったんだろう。」
「魔法陣は結局?」
「死は死でなく、復活だっていう、シンボルとしてだけの役割だな、今回は。」

ふーんと気のない返事をして、仕事終わりの煙草の旨さを満喫しつつ、建物内へと視線をめぐらせた。残骸と建物とのダメージが不自然だ。

「他の人が遠くに逃げ切れていなかったから、ふっとんだらヤバイと思って、咄嗟に錬金術で建物の強度を上げたんだ。」

ハボックの疑問を見過ごしたかのように応えるエドワードの乱れた髪を、アルフォンスが口調とは違う優しい手つきで整える。

「その上、犯人を守るシェルターまで作っておきながら、自分を守る準備はできて無かったって、まったくもって頭の痛い人だ。そういうのを考え無しって言うんだよ。」
「いいじゃん。お前が何とかしてくれたじゃんよ。」

また続きそうだったので、ハボックは二人を残し、埃くさい建物から出た。
外まで聞こえる兄弟喧嘩と、澄み渡る空は、平和そのもの。
ハボックは、今日こそは家に帰りたいなぁと、長身を天に向けて伸ばした。
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