novel2
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「で。」
「で、とは?」
幾分少なくはなっているが、まだまだ山と呼べる書類の中にいる中将に、ハボックはそのままを報告した。
だが、付き合いの浅い者ならばわからないほどの怒りを滲ませた笑みを浮かべる上司が、納得していないのは明らかで、どうしたものか戸惑っていた。
「エルリック兄弟は、どうした。」
「帰りましたよ。」
ステンドグラスを突き破って飛び込んだエドワードが肩を怪我していることがわかり、兄弟喧嘩もそこまでで、血相を変えたアルフォンスがお姫様よろしくエドワードを抱きかかえて現場から直帰してしまったのだ。
なので、こうして残されたハボックが報告にあがったという次第だ。
「今回の集団自決を防ぐことにより、テロの連鎖を断ち切ったというのはわかった。…だが、至急、エルリック大佐を呼び戻せ。」
目の前の上司はすこぶる機嫌が悪いようだった。やはり報告を怠ったのがまずかったか。いや、作戦は成功したとはいえ、自らが負傷を追うような独断の行動を諌められるのかもしれない。
「僭越ながら、中将。」
それまで、静かに事の次第を見守っていた大尉が、ハボックの横で姿勢を正した。
「今朝のコーヒーに入っていたのは、疲労回復のビタミンだそうです。」
ぽかん、というのが当てはまる表情で、中将が大尉を見る。
「最近中将がお疲れのようでしたので、ということです。」
何のことだろうと首を傾げるハボックに、
「エドワード君のおまじないのおかげで、今日はすごく仕事が捗ったのよ。」
と、大尉がチャーミングな笑みを浮かべる。ますます判らなくなったが、目の前で中将がデスクに突っ伏しているのを見て、小さなもう一人の上司の、にくたらしい高笑いが聞こえてくるような気がした。
・・・・・・
リビングのソファーに、シャワーから出たエドワードを座らせ、手馴れた手つきでアルフォンスがたっぷりに消毒液をしみ込ませた綿を使い、まだ血の滲む傷を拭いていく。
「いてて、もっと優しく!」
エドワードの肩にできた傷は、幸い浅く、縫う必要もないものだった。
ガラスを突き破った時に、中の人間の事を考えて、破片が飛び散らないように錬成したとは言っていたが、やはりガラスは怖い。念入りに屋外で軍服を払い、髪はアルフォンスが洗った。
「はい、おしまい。」
大判のガーゼを当て、丁寧に包帯を巻きつける。肩の怪我だ。しばらくは、ゆったりとしたアルフォンスのパジャマを着せる方が良いだろう。
「くそ、余る。」
悔しそうに袖口を折る兄を、手伝い、そして、そのままその身体を自分の膝に向かい合わせで抱え上げた。文句を言い暴れるのをきかず、強く抱きしめる。
「どうしたんだよ?」
エドワードは、怒っても暴れてもこの体勢はどうにもならないと諦めて、ただひたすらぎゅうぎゅうと抱きしめてくる腕に問う。返事はない。
傷が引き攣れて痛いといえば、少しだけ緩んだものの、解放はされなかった。
「怖かった。」
それはあまりに、聞き逃しそうな声で。
アルフォンスの震える肩に頬を寄せ、エドワードもその身体を抱きしめた。
短く清潔に揃えられた襟足を撫でる。
「ごめん。」
あの時はああする他に考えが浮かばなかったが、考え無しだ、軽はずみだと言われても、仕方ない。目の前で大切な人を失いそうになる恐怖は、誰よりも一番わかっているはずなのに。
顔が見えないままでは、何も伝わらない気がして、弟の頬を両手で包み、額を寄せる。
赤らんだ目元に、口づけた。
「ごめん、な。」
ゆるす、とそっけなく呟くのに、たまらなく愛しくなって、エドワードは、アルフォンスを再びありったけの力で抱きしめた。
・・・・・・
「ゴールドビューティ!?」
一同は声を揃えた。
少し前に話題になったものと似てはいるが、幾分違っている。
「なんでも、天が遣わせた美しい金色の人…だそうですよ。」
ファルマンが口をパクパクとさせている一同に説明する。
ハボックは、点けかけた煙草を真っ二つに引きちぎってしまっていることに自覚が無いし、ブレダはカップが倒れて、仕上がりかけた書類をダメにしていることに気づかない。フュリーはなぜか泣いている。
「誰のことだよ!」
「もちろん、エドワード君のことです。」
やり取りも、少し前のものと似ているが、誰もその事に気づかない。
「噂の出所は、今回の事件に教会に居た者たちだそうです。光を放ちながら、神を模したガラスより現れ、その美しい金の人が、悪を払い人々を救ったと。」
よくもまあと、ハボックは煙草を手元でぶちぶちと細かく砕いている。
「まあ、ビューティっていうのは、否定できませんね。」
ファルマンの呟きに、一同は朝から仕事をする気が、水蒸気のように失せていくのを感じていた。
………………
友子さま 500Hit☆リクエスト「兄さんの軍での仕事っぷり」でした。いかがでしたでしょうか。お気に召すと良いのですが。
これに懲りずよろしくお願いいたします。
軍内での事務風景にしたかったんですが、あれよあれよという間に現場に出てしまいました。