novel2
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「クールビューティ!?」
フュリーが拾ってきた噂に、珍しく揃って事務処理中な面々が思わず声を合わせた。
「誰の話だよ。」
夜勤中に商店街であった不審火騒ぎに出動し、本来ならば上がっている時間なのだが、その報告の為に未だ帰れないブレダが疲労が吹き飛んだような顔で確認する。
「だから、エドワードくんのことですって。」
「嘘だ!クールビューティって言葉はもっと大切に使え〜!!」
同じく疲労顔のハボックが叫ぶ。彼は昨日はその不審火のせいで日勤だったが帰りそこない、本日は夜勤の為、引き続き勤務だ。
「しかし最近の彼はビューティってところは否定できませんね。」
ファルマンの言葉に皆が押し黙った。
「クールというのは、外では常に不機嫌だからじゃないですかね。」
どこから話を聞いていたのか、極度のブラコンと名高い渦中の人の弟が、爽やかな笑顔を纏い、軽やかな足取りで話題に加わる。
その腕には足取りとは反対のうず高い書類の山を抱えて。
「アルフォンス、そりゃ何だ。」
わかっていても訊きたくなるのは人の性。ブレダが苦い顔をしながら尋ねると、ときめきそうな笑顔で、アルフォンスは答えた。
「皆さんへ中将の築いた山のお裾分けです。」
それぞれ手持ちの書類がそろそろ終わりそうだと気を緩めた為の雑談中だったので、一層ずしりと堪えた。
我等が優秀な上司にも到底処理しきれないほどの決済が回ってきているらしい。書類は山と呼べるほどで。
しかし、この山たち全部が彼の決済が必要なものばかりではない。
妬みや嫌がらせなどの、実に人間臭い要素も含まれているから性質が悪い。
優秀であるというのはすばらしいことばかりではないなと、しみじみかみ締めながら、そういった類の書類を処理するのが、この部屋に詰めている者たちの、現在の使命だった。
「まさかサボってる訳じゃないよな…」
優秀な彼だが、悪いクセがあるのはここにいる面々は重々承知している。
「今日は、本当にまじめにお仕事をなさってますよ。」
アルフォンスが、奥の執務室で見た光景を思い出しながら手早く書類を皆に分配して回った。
・・・・・・
話は今より少し、不審火騒動の余波が残る疲労感たっぷりの部下が集まる部屋を、マスタング中将が越えて執務室に現れた頃に戻る。
「おはようございます。中将。」
着ていたコートを副官であるホークアイ大尉に預けて、すでに築かれた山の中に埋もれている席に座ると、もう一人の副官であるエドワードがコーヒーを運んできた。
「おはようございます。無能。」
「前半と後半に温度差を感じるが、まあいい。今日の予定を頼む。」
申し開くこともなく、エドワードは記憶している予定を述べた。
「本日は、午後に2件の来客がある他は、珍しく何もありません。絶好の書類日和です。」
「いい香りだな。」
訊いておいて、きかないマスタングがコーヒーを口に運ぶのを静かに見つめていたエドワードは、半分ほどカップの中身が減ったのを見届けると、不敵な笑みを浮かべた。
「…何か入れたのかね。」
「少し。私の新しい研究の成果を身をもって感じていただこうかと思いまして。味に変化はないかと思われますが、いかがでしたか。」
「他での臨床はあるものなのかね。」
「いえ、まったく。中将が初めてです。」
カチリと、カップをソーサーへと戻し、中将は目の前の部下であるエドワードに対し、軍内の女性のみならず、世の女性が頬を赤らめるような極上の笑みを浮かべた。
「どのような効果が出るものなのかな。大変興味深い。」
「お仕事をなさってください。そうすればわかります。」
「私がサボると有毒性を孕むような物質かね。それは信じ難い。もう少し楽しめる嘘だと思っていたのだが。」
見当違いだったなと、笑うマスタングに、エドワードは目を細め、幾分大人びたとはいえまだまだ若い彼には似つかわしくない、笑みを口許に浮かべた。
「サボってみれば、わかるよ。試してみな。」
マスタングが優美な仕草で万年筆を取る。彼の手に馴染んだそれは、現在の位に昇進の際、部下たちが贈ったものだ。
選定の一番の理由は、もちろん「書き味抜群」。長く使用しても疲れないというのが、職人からのアピールポイントだったとか。
「今日は、書類日和だったな。」
一礼し、エドワードは傍らの席へと戻った。