07/30の日記

21:40
日常67(小話)
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店は、マスタングの言う通りさほど離れてはおらず、歩いて行けた。
酒場によくある喧騒もない上質な、されど温かな雰囲気で、今日という日でなければ、アルフォンスも楽しめただろうが、実際は、よく味わうこともできないまま、作業のように、腹に食べ物を入れる。
表面上は和やかな雰囲気で会話が出来たのは、事情を知らないとはいえ、陽気なハボックのおかげだった。だが、そんな彼も、察して、食事の後はすぐに帰っていった。

今は、通されてマスタング邸のリビングにいる。
「コーヒーぐらいしか出せなくて、すまない。掛けてくれ。」
「いえ。お構いなく…」
気持ちはずっと焦っている。だが、この家の主は、アルフォンスの自由になるような男ではない。待つほかないのだろう。大人しく、勧められた席へと腰掛ける。
上質なもので纏められ、国軍の高官らしく広い屋敷は、無駄なもののない、だが、どこか閑散とした雰囲気の男の独り住まいだった。まるで、彼の人となりを見るようだ。
程なくして、コーヒーの香りが漂ってきた。
二人しかいない空間は、とても静か
だ。

初めてだ。
兄の上司であり、後見人であり、兄弟の運命に浅くない関わりを持つマスタングと、兄の干渉なく二人で話をしたことなど、鎧の頃からもあっただろうか。もちろん、今回も内容はエドワードに関することではあるが、今までこうした機会もなかったことが、酷く不思議であった。
コーヒーが目の前に置かれ、そして、ゆらりと立ち上る芳香の向こうに、マスタングが掛けた。

「君が、こうしてここに来た、という事は…あれが何処かに姿をくらました、ということだな。全く…あれは、手がかかるな。」

やはり、全てを知っているのか。
マスタングは、視線を落とし喉の奥で笑うと、コーヒーを一口飲む。ここに居ないエドワードを慈しむような声色に、アルフォンスは胸が鳴る。
嫉妬か、焦りか、それはわからない。
「そして、あれから、君は何も知らされず、…いや、知りもしなかった…ということかな。」
食事に行く前に見せた、底冷えのする視線をアルフォンスへと向けた。

「覚えているかね。君が大学に合格した祝いの会があった日のことだ。」

アルフォンスにとって、何も不安もなかった幸せな日だった。誰も欠けることなく親しい人たちの笑顔があって、順風満帆で、全てが明るく照らされていた。エドワードも傍にあった。それは永劫に続くと疑わなかった。今では、遠い日のことのようだ。
そして、この目の前の男に、その会の終わりに言われたのだ。真っ白な紙に、インクが落ちたようだったと思い出す。

『…鋼のに、少し気をつけていたまえ。』

あの頃は、何の事かわからなかった。しかし、今はそのインクが白い紙をどんどん侵食していく。不安でたまらない。
「あれは、…エドワードは、あの頃から準備を始めていたのだよ。」



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