08/29の日記

08:16
日常68(小話)
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いや、と、静かに、マスタングは自分の言葉を否定した。
「違うな。それよりも前から準備を始めていた。あの時、初めてこちらを頼っただけだった、な。」
一瞬手元に落とされた視線が再びアルフォンスへと向けられる。何も挟む言葉などない。
「国家錬金術師には、少佐相当の給与と、研究費が与えられていたことは、君も知っているな。君たちの旅にかかる費用は研究費として計上され、認められていた。」
列車の半券、ホテルの宿泊代、書籍代などの領収書の整理を手伝ったことがある。兄はそれを纏め、定期的に軍へ報告していた。アルフォンスにかかる経費は、研究の助手という名目であったと記憶している。そこから、給与という形で大きな額ではなかったが、アルフォンスの自由に使える金もエドワードから渡されていた。
「研究費の動きは、軍の監視がある。だからあれは、給与と研究費を別の口座に分けて振り込ませて、自由にできる給与の部分を君名義の口座へと振り替えていた。あらぬ疑いがかけられぬよう、君にかかる費用も明確にして、付け入る隙を与えないきちんとしたものだったよ。」
兄の部屋で見つけたアルフォンス名義の通帳には、多少の端数は変われど、決まった額が、旅を続けていた頃から振り込まれていた。給与の殆どであったのかもしれない。纏まった額であった。

兄が、自分のことで贅沢をしたところを見たことが無い。
擦り切れた靴。替えの僅かな下着と衣服、必要最小限の身の回りのものを、古い鞄に入るだけしか持たない人だった。それほど大きな鞄ではないのに、中身が乏しく、隙が空いていて、列車に乗るために走れば、カタカタと軽い音がしていたのを思い出す。

「エドワードは、常に…死を意識していたようだった。」

アルフォンスは、マスタングの言葉に肩を震わせた。
それは、鎧の頃に、感じていたことだったからだ。
エドワードは、時に、欠片も恐怖も感じないように迷いなく危険へと身を投じた。
また、旅の目的である身体を取り戻す為以外は、何も欲さず何も持たない無欲さで、アルフォンスを度々不安にさせた。 鎧の自分よりももっと無機質な存在であるかのようだったからである。

「私を頼ってきたのは、君への軍のマークを外す為にどうすべきか、ということだった。」
胸の鼓動が、錆び付いた嫌な音を立てた。
「だから、あれに軍への研究所勤務を勧めた。アルフォンスのマークは、元を正せばエドワードに対する監視だ。ならば、本命が軍の中で存分に目を引きつけたまえ、とね。それから、人体錬成への関心だが…」

人体錬成…

「東部の戦火で全身に大やけどを負い、ふた目と見られなくなって鎧を纏っていた弟の、全身の皮膚を錬成し治療したと軍に報告し、その錬成の術式を上げることで、裏付けとしたのだ。私は、その『事実』への保証人となった。」

兄の共犯者は、自分ではなかった。

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