Prince of tennis

□感覚器官
1ページ/2ページ






息を大きく吸い込むと彼が焚いたアロマの匂いが私の神経を支配する。

そんなことはどうでもいいと言うように彼は相変わらずどこかの国の小難しい詩人の本に目を落としているだけだったけれど。


本来ならば此処に私は居てはいけないのは十分承知の上だ。
彼が咎めないのも平たく言えば“共犯者”だからだ。


此処、聖ルドルフの男子寮の5階…観月の部屋は月がよく見える。
窓越しにしか見つめる事が出来ないのはアロマの匂いが逃げてしまうからと
神経質の観月らしい適温に保たれた室内の空気が冷えてしまうからだ。

観月らしい、香り。何もかも私の中から支配されてゆく。
私はこれを求めて毎日彼の部屋に忍び込んでしまうのだ、と見つかったときの言い訳にはならないだろうか…。





「ねぇねぇ観月。もしさ、愛してる恋人が遠くに行っても愛し続けられる自信ってある?」


「なんですか…いきなり。相変わらずおかしな人ですね。また木更津君にでも変な知識を教え込まれたのですか?」





目線は本から上げずにそう言う。
いつもどおりの反応に安堵する反面、情けないながらも本に嫉妬してしまう自分。
十分幼稚だってことはわかってる。

でも観月の読書中に話しかけても返事が戻ってくるのは私だけっていうこともわかってる。





「違うよ。昨日ケーブルの番組でさ、古い映画がやっててね、幾つもの困難を乗り越えた恋人たちが結婚を目前にして結婚を反対してたヒロイン側の親が二人を離れ離れにしちゃって
二人とも結局心中しちゃったっていう映画がやってたの見ただけ」

「まったく… 貴女は本当に相変わらずそういうものに左右される…」





遂には観月は本を閉じた。
本を傍らに置くと髪を弄り始める。考え事をするときのクセだ。
おまけに眉間に皺まで寄せてる次第。
今更別に深い意味で聞いたわけじゃないよ、なんて言えやしない。

それに、考え事をしているときの横顔が好きだよ、なんて気恥ずかしいことも。





「んー。僕なら…ですか。
非常に論理的な僕らしくない意見でしょうけど、
愛する人が遠くに行く…
どうすることもできないのならば僕はせめて足掻き続けましょうか」


「そっか。」


「ええ。」





満足気に頷いた観月。

観月の愛する人なんて知らない。
過去に誰にどんな想いを寄せたかなんて知らない。
しかしそれが観月の答えならばどんなことだって納得出来てしまうのはなぜだろう?
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ