X 〜 虚 像 〜

□−終 章−
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 二週間後。

 その日の空は、どこまでも青かった。まるで、どこまでも純粋であろうとするかの如く、ひたむきなまでに透き通った青。けれど、これよりも輝く鮮やかな碧を、少年は知っている。
「ねえ。」
 その色の瞳を持つ少女に呼ばわれて、グレンは、仰いでいた蒼空(そうくう)から横へと視線を滑らせた。すると、それを受けたティアはためらうように、その碧眼(へきがん)を前方に向ける。
「どうした?」
 促してやると、ティアのサファイアの如く碧く輝く瞳が、ちらりとこちらを伺って。
「えっと…EGGって、あれからどうなったのかなぁって、ちょっと思って…。」
 ああ…と、納得したふうに呟いてから、グレンは双眼を細めた。
「さあ、どうなったかな。なんの報道もなかったから、政府がEGGの崩壊を揉み消したか…それとも、新しい総監を据えて、今もこの足の下に存在してるかも知れない。どっちかと言うと、僕は後者だと思うね。あれが簡単に滅亡するようには見えなかったから。」
 まるで他人事のように話すグレンを、ティアは意外な思いで見つめた。すると、その視線に気付いたのか、グレンが微笑を浮かべてこちらを向く。
「冷たい言い方だと思った?僕とティアの親が、あの組織に関わっていたせいで死んでるのに…って。」
「え…ううん、そういう事じゃなくて…。」
 ティアが頭(かぶり)を振ると、その手に抱えられた花束が震えて、そこから幾枚かの花弁がはらはらと舞い散った。そのまま、摩天楼を吹き抜ける風にさらわれていくそれを目で追いかけながら、グレンは口を開いた。
「じゃあ、エルの事?」
 ティアから返ってくるのは、沈黙。それを肯定と受け取って。
「正直、今でもまだ気持ちの整理は付かないけどな…。僕の父さんと母さん、それにティアの父さんの事も含めて。エルの事だって、未だに胸が痛む。だまされてた事にも、そしてあいつが死んだ事にも。」
 その痛みは、もうしばらくは消えないだろう。あるいは、一生かも知れない。しかし。
「けど、それでも僕は前に進まなきゃって、思うんだ。」
 悲しむ事に意味がないとは思わない。しかし、立ち止まってばかりもいられないと、思うのだ。だって時間はあっと言う間に流れて、人はそれに簡単に置いていかれてしまうから。そんな事を、多分誰も望んでいないと思う。自分の両親も、エルも。
 思い出せば涙も出る。今でも、なんでこんな事になったんだろうと恨みがましく思ったりする。そして、こんな事になってなければ自分はどう生きていただろうと、埒もない事を考えたりして。
 けれど、そんな事を思っていても──どれだけ自分が苦しくても辛くても、それでもきっと世界は廻(まわ)ってゆくのだ。
「だったら、後ろを振り返りながらも、前を見てないと損じゃないか?」
 それは時として、何より難しい事にもなるけれども。
 それでもやっぱり、自分は前を向いていようと思うのだ。歩いていればきっと、これまで見た事もないものや知らなかったものにも、出逢えるはずだから。
 どこか頼りない笑みをその顔に浮かべて、グレンはティアに向き直る。
「巧く言葉にできないんだけど…変かな、この考え方って。」
《よく言って楽観的、悪く言えば能天気ってヤツかしらね。》
 間髪容れずに、右の耳元から高めのよく通る声で突っ込まれた。うるさいとそれに返すグレンの横顔は、やっぱり、自分のよく知る少年のままで。
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