短編書架

□いちばんぼし みつけた
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米沢から遠く離れた戦場にいる政宗からは、毎日毎日手紙が届く。

<愛している>
<寂しい>
<早く帰りたい>
<Honeyからの手紙だけが心の支えだ>

おそらく小十郎にさえも見せてはいないであろう弱音。

叩きつけるように吐露した短い手紙。

そんな夫の心の叫びを丁寧に読み、無事への祈りと変わらぬ愛をこめながら返事を書く。

それがここしばらくの姫君の大切な日課。



そんな姫君のもとに、今日届けられたのは。

「これは・・・?」

三通の手紙が細い紙縒り(こより)でひとまとめにくくられたもの。

束の上に紙片がつけてあり、

「この手紙が届いたら、夕暮れ時に上から一通ずつ読んでいってくれ。」

と指示らしき文言が政宗の文字で書きつけてある。

「今度はどのような悪戯ですの?」

夫の仕掛けた小さな企みを楽しみにしながら、姫君は夕方を待った。





遠くの寺の鐘の音が切れ切れに、風と共に流れて来る。

「そろそろ時間ですね、政宗様」

ここにはいない背の君にそっと話しかけ、手紙の束の紙縒りを解く。



一通目には。


<Honey、愛してるぜ。今日は晴れた夕暮れか?雲のない、晴れた夕暮れなら西の望楼へ行ってくれ。曇天or雨天なら、晴れた日の夕暮まで待ってくれ。二通目は西の望楼についたら読んでくれ。>



「空気も澄んで、とても綺麗に晴れた夕刻です、政宗様。」

ついてこようとした侍女たちを軽く手を振って留め、姫君は西の望楼へ軽やかな足取りで向かった。






「西の望楼に着きましたわ、政宗様。次は何を?」

楽しそうに二通目を開く。


<Honey、早く会いてぇな。これを読んでるってことは、西の望楼に来てるんだな。最上階に上って、西の窓まで行ってくれ。階段が急だからBe Carefulだ。西の窓に着いたら三通目を。>



「はいはい、分かりました。本当に、何をお考えなのです、政宗様?」

望楼の入り口の衛士たちが大慌てで平伏しそうになるのを止め、姫君は入り口を開けさせ
て中に入った。


「この階段を登ればいいのですね。」

薄暗い建物内部の急な階段をゆっくり上がって行く。

突き当りの押し上げ扉を開き、姫君は少し埃っぽい最上階に入った。



「西の窓・・・はこちらかしら。」

黄昏色の透きとおった空。

日輪は既に大きく大地へと傾き、来るべき冬の予感を抱いた肌寒い風が、つややかな柔らかい髪を遠慮がちに撫でていく。


「では、三通目を読みますわね、政宗様。」



<Honey、I Want You。西の窓に立ったら、日が沈みかける瞬間まで待ってくれ。そして、太陽が地平線に着いたら、少しだけ視線をあげて、西の空を見てくれ。そして、そこに見えたものを手紙で書き送ってくれ。待っている。>


「何が見えるのでしょうね、政宗様?」

日輪が地平線に触れる瞬間を、焦れるように待ち、そして姫君はその美しい眼差しをそっと上げた。


「まあ、これは・・・・・・!」

小さな声が上がる。










その夜、政宗にどのように返事を返そうかと灯火の下、文机に向かって考えている姫君へ、政宗からの手紙が届けられた。

(政宗様、こんなにこまめにお文をくださるのは嬉しいのですけれど・・・戦の指揮は、きちんと執っておられるのでしょうね?)

心配になりつつ、手紙を開く。


押し花にした撫子の花を漉き込んだ紙には、ただ一首、歌がしたためられていた。




黄昏に 蒼き弦月 眠り行く 両の腕に 夕星抱きて
(たそがれに あおきみかづき ねむりゆく りょうのかいなに ゆうづついだきて)


「・・・・・政宗様ったら・・・・・・」




夕刻、政宗からの手紙に導かれ、姫君が望楼で西天に見たものは。

鋭く輝く三日月と、そのごく近くでまるで月に寄り添うように白い光を放っていた宵の一ツ星。

闇色が濃さを増していく地平線へ、煌めき、寄り添いながら沈んでいく月と星の妙なる競演を心行くまで眺め、三日月に最愛の人の面影を重ねて少し涙した姫君だったが、


「政宗様には、あの宵の一ツ星が私だと・・・」


褒めすぎですわ、政宗様、私、あんなに美しくありませんもの、とクスクス笑いながら、姫君は遥か彼方の戦場で戦う背の君へ、返歌を送った。





夕星は 安んじており 弦月の腕に抱かれ 夜の帳に
(ゆうづつは やすんじており みかづきの かいなにいだかれ よるのとばりに)



例え離れていても。

互いの魂を分け合い、想いを分け合って。

来るべき再会の刻を恋い焦がれながら、竜と姫君は相聞を交わす。

三日月が新月になり、そしてまた姿を顕して満ちた頃。

政宗は姫の元に帰って来た。

少し早い初雪を連れて。



Fin

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