「じゃあ銀時、行ってくるからね。」
僕は、バタバタと支度をして出て行くお母さんの背中に手を振った。
「いってらっしゃい。」
ウチはお父さんもお母さんも働いてる。
だから小学校が休みの土日に、ひとりで家にいることは慣れっこ。
もう2年生だしこれくらい平気。
僕はパジャマのまま、お母さんが焼いてくれたパンと目玉焼きを頬張った。
「もいひ。」
マンションの真ん中くらいでも景色はいい。
外は晴れ渡っていた。
食べ終わると、お皿を流しに持って行き、フローリングに適当に寝そべった。
今はまだ朝の6時半。
ちょっと眠いよ…。
あ…宿題あったんだ。
終わらせ…なきゃ…。
――――…
目覚めると、午前9時をまわっていた。
のそのそ起きてベランダへ向かう。
小さな鉢がいくつかあって、その水やりをお父さんに頼まれていた。
じょうろに水を溜めてたっぷりかけてあげる。
「元気に育てよー。」
最後の一滴まで注いで顔を上げた瞬間、何かが目の前を横切った。
丸くて、ふわふわ浮かんで、しばらくすると割れた。
「しゃぼん玉だ!」
いくつか目の前を通り過ぎていった。
「誰が飛ばしてるんだろ…。」
目で追ってみると、斜め前のマンションのあるところから出ている。
実は何度か見たことがあった。
その度に誰が飛ばしているのか気になっていた。
人は見えないけど、確かにあそこから飛んできている。
誰だか知りたい。
家から勝手に出てはいけない決まりだけど、構わず飛び出した。
1階までエレベーターで下りて、隣のマンションを見上げる。
うっすら見える丸い形を頼りに足を進めた。
こっちのマンションはエレベーターがないから、真ん中くらいまで上るのは大変だ。
息を切らせて階段を上る。
「はぁ、はぁ、」
まだまだ5階。
目指すは15階くらいだろうか。
とにかく、足を動かし続ける。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
いったい誰がしゃぼん玉飛ばしてるの?
その瞬間、人影が見えた。
上の踊り場に誰かいる。
少し息を整えると、恐る恐る踊り場に出た。
「あ…」
そこには紫色の髪をした、同じくらいの男の子がいた。
外に向かってしゃぼん玉を飛ばしている彼はこっちに気づいていない。
「君、誰?」
気がつくと反射的に、そう聞いていた。
ゆっくりこっちを向いた彼。
口を薄く開いて、俺を見つめる。
「晋助。」
そうぶっきらぼうに答えると、またしゃぼん玉を飛ばし始めた。
「晋助くん…か。僕、銀時。銀時っていうんだよ!」
目を輝かせながら、大きな声で言った。
「銀…時…。ふぅん。」
ちょっと口を尖らせて、僕の名前を呟く晋助くん。
嬉しかった。
なんだか宝物見つけた気分。
みんなが知らない、宝物。
「ねぇ、僕にもさせて!」
「あ、ちょっと!」
強引にしゃぼん玉セットを取り上げて、ふーっと息を吐いた。
いくつもの丸いしゃぼん玉が、ゆらゆらと空に舞う。
「きれいだね。」
「うん。」
それは太陽の光に反射してキラキラ光ってみせた。
もう日が高い。
ギラギラと照りつけ始めた太陽をみて、今日も暑くなるんだろう、と思った。
END.